春の訪れ

2月13日(旧の1月14日)、春を訪れを感じさせてくれる祭事『ピルズマ祭』が行われました。 ニンニクの初物神様にを捧げてその生命力にあやかり、…

『星砂の島』第11号 巻頭言

全国竹富島文化協会発行の『星砂の島』 2008年に当ブログでご紹介した、 第11号(2008年3月31日発行。特集:竹富島の歴史と文化)の巻頭言は、 現在、沖縄国際大学副学長を務める狩俣恵一氏による寄稿です。 改めて狩俣氏の巻頭言を読み直すとともに、 5年前と現在の竹富島の問題について考えてみたいと思います。 少々長くなりますが、 ブログをご覧のみなさま、是非ともご一読をよろしくお願いいたします。 (ta) 竹富島観光の行方 ―星野リゾートに向き合うことの重要性― 全国竹富島文化協会編集委員長 狩俣恵一 竹富島では、復帰前の昭和45(1970)年頃から土地が買い占められるようになり、島を守ろうという意識が高まってきた。そして、種子取祭が昭和52(1977)年に国から重要無形民俗文化財に指定され、昭和61(1986)年の竹富島憲章の制定、翌年、いわゆる町並み保存地区の選定。そして、それらが竹富島の進路を決定したといっても過言ではない。というのは、それ以降の竹富島は、土地を守り、歌・芸能・祭りなどの伝統文化および集落の景観を資源として、観光業に取り組んできたからである。 要するに、竹富島は、協同一致の「うつぐみの心」で竹富公民館の自治組織を強固にし、外部資本によるリゾートを拒否することで、島の伝統文化と景観を資源として自力の観光業を営んできたが、重要無形民俗文化財指定30周年、町並み選定20周年を迎えた今日、竹富島には大きな変化の波が押し寄せている。 一つは、「観光業で利益を得ることを第一の目的とした個人業者が、島の内外から出現してきた」ことである。おそらく、このような個人業者は、観光業で利益が得られなくなったとき、竹富島から去るであろう。言い換えるならば、竹富島の観光業は、従来、「島で生活するため」に営んできたが、利益第一の個人業者は、経済行為を遂行する権利意識が強く、島の「うつぐみの心」を軽視し、「伝統文化の継承」と「景観の保全」には鈍感である。竹富島の観光が脚光を浴びるようになったことで、心ある島民の意見を聞かない「利益第一主義の個人業者」が、わずかではあっても竹富島に出現したことは島の将来を危うくしており、不安の種である。 二つには、株式会社星野リゾートが、竹富島のアイヤルに40棟~50棟ほどの赤瓦の家を建てる「竹富島東部宿泊計画」を進めていることである。星野リゾートが竹富島にやってくるという話を聞いただけで、竹富島憲章は破綻したと考える人も多く、島の将来はどうなるだろうと心配する声も聞かれる。星野リゾートも利益第一主義の個人業者と同じく「島で生活するため」だけでなく、利益優先を目的としていることを島の人は知っているからである。しかし、竹富島憲章制定以前に売られた土地が、どのようにして買い戻されたのかという経緯を知っている多くの島の人は、単純にリゾート反対とは言えない現実に直面していることも知っている。お金の面から見るならば、竹富島の土地は、借金で買い戻したが、その返済ができないため再び売られてしまったからである。そのようなことがあって、星野リゾートは、竹富島の上勢頭保さんを共同代表取締役とする「南星観光株式会社」を新たに設立して竹富島の観光事業に参入することになったのである。 これまであまり表面だって語られることはなかったが、昭和30年代、ある会社が竹富島に牧場を作るため、一坪3セント~5セントで土地を買った。それが、竹富島の土地の「まとめ買い」の始まりだったと思われる。今回の出来事で初めて知る人もあったように、反対運動の先頭に文字通り体を張って立たれていたのは、保さんの父である昇さんである。そのお父さんの思いを引き継いだとは言え、竹富島の約三分の一の面積(約60ヘクタール)の買い戻しに至るまでの保さんの苦労は想像に絶するに余りある。それが今回、外国のファンド会社などに売られてしまった。その評価額は、莫大な金額になるという。このようなお金は、竹富島にはない。竹富町にもない。また県や国も出してくれない。したがって、竹富島はリゾートを受け入れざるをえない状況に直面しているのである。このような状況の中、上勢頭保さんは水面下で現状打開を模索し、かつ土地を売らないで観光業を続けることはできないかと考え、白羽の矢を立てたのが星野リゾートである。そして、去る3月18日の「竹富町伝統的建造物群保存地区保存審議会」は、新会社の南星観光株式会社による「竹富島東部宿泊施設計画」を承認したのである。その現実を踏まえた上で、竹富島の今後は、どうあるべきだろうか、考えてみた。 思い起こされることは、先述した「観光業で利益を得ることを第一の目的とした個人業者が、島の内外から出現してきた」という問題である。スケールの大きさは異なるが、竹富島の「利益第一の個人業者」も、星野リゾートも「観光業で利益を得ることを第一の目的」としていることに変わりはない。しかし、利益優先であったとしても、将来もなるべく永く竹富島でリゾートを続けようと考えるならば、利益第一の個人業者も、星野リゾートも、共に「うつぐみの心」「伝統文化」「景観保全」の重要性を理解する必要がある。  幸いにも、星野リゾートは、永続的な竹富島での観光業を希望しており、軽井沢で先祖の土地を百年に亘って守ってきた実績を持つと同時に、次のような経営観念を持った会社である。 ~自然環境が豊かなリゾート地においては、それを資源として活かしながら保全に努めるとともに、施設運営による周辺環境への負荷を限りなくゼロに近づけることが求められています。リゾートの運営を専門分野とする星野リゾートにとって、低環境負荷の運営をする能力は、重要な企業競争力の一つであるのです。~ 星野リゾートは、その経営理念のもと第一回エコツーリズム大賞をはじめ、水・エネルギーなど、数々の環境に関する成果をあげた評価の高いリゾート会社である。また、星野リゾートが竹富島憲章の精神を重視し、「土地を売らない」「活かす」を組み合わせた「竹富島土地保有機構」という会社を設立したことは、傾聴に値する。そればかりではない。星野リゾートの集客力は大きく、旅行代理店の影響力は小さい。そのことは、老舗の星野リゾートの経営力を示すと同時に、他のリゾート会社とは一線を劃していると考えているとよい。 リゾート会社のほとんどが、乱開発と時流に乗って儲けようとしてきたが、失敗すると転売することを繰り返してきた。その結果、地域には廃墟と環境破壊だけが残される。そのようなリゾート会社が多い現状において、「リゾートは悪」というイメージがつきまとう。 特に、近年、石垣島では、リゾート会社による乱開発で環境破壊が進み、さまざまな問題が生じている。その要因の一つとして、受け入れ側の自然破壊や景観に対する意識が低く、無条件に近い形でリゾート会社を受け入れてきた対応の拙さをあげることができる。その意味において、竹富島は石垣島の失敗から学ぶべきことが多い。つまり、リゾート会社の経営力・環境への配慮・集客力・地域との共生、等々を検討し、きちんと話し合うことが肝要である。 幸運にも星野リゾートは、私たちの対応次第では、我が竹富島にふさわしいリゾート会社になれる可能性が高い。しかも、これまで竹富島を守ってきた上勢頭保さんを高く評価し、正式な共同経営者としての位置においていることである。しかし、これまでの説明会は、「竹富島東部宿泊施設計画」の理念や骨格の部分であり、細部における話し合いは充分には行われていない。よって、竹富公民館をはじめ、石垣・沖縄・東京の各竹富郷友会は、我が竹富島がこれまで築いてきた「うつぐみの心」「伝統文化」「素晴らしい景観」を背負って、星野リゾートと率直に意見を交換し、星野リゾートと竹富島が、共生できる理想的な道を探る必要があると考える。私は二度、星野リゾート社長の星野佳路さんと、専務の星野究道さんにお会いしたが、幸いにも両氏とも竹富島の住民及び竹富島関係者との話し合いを望んでいる。 また、南西観光社長の上勢頭保さんと私は、竹富中学校時代からの付き合いであり、共に全国竹富島文化協会の設立、遺産管理型NPO法人たきどぅんを設立した仲である。保さんは経済人として、「竹富島を宝の島」にしたいという理想を持ち続けていると同時に、父・昇さんから受け継いだ土地買い戻しに奔走され、竹富島の「うつぐみの心」「伝統文化」の継承にも尽力してきた人物である。よって、竹富公民館は、星野佳路さん・上勢頭保さんと、ぜひともきめ細やかな話し合いをして欲しいものである。そして、その話し合いは、宿泊施設建設の前だけでなく、開業後も継続し共通理解を得ることが重要であり、新会社の「南星観光」及び「竹富島東部宿泊施設」を通して、我が竹富島が誇る「うつぐみの心」を全国へ、そして世界へと発信することを期待する。 蛇足ではあるが、記しておきたい。2008年3月11日、竹富島のアイノタ会館で、「狩俣・家中うつぐみ研究室」は星野さんを招いて私的な勉強会を開いた。テーマは、竹富島東部宿泊施設計画と竹富島の将来についてであった。女性の皆さんと50代以下の男性が中心で40名ほどの皆さんが集まった。一時間ほどの説明の後、一時間半の質疑応答が行われた。  司会をつとめた鳥取大学の家中茂先生は次のような感想を述べていた。竹富島憲章から20年を経た現在、竹富島の町並と観光について大きな岐路に立っている。そのことを竹富島の人々は日々の生活のなかで自らに問いかけている。今回の星野リゾートの登場も、たんにリゾート受け入れの是非といった水準でなく、今後の島の将来を自分たち自身で開いていくひとつの契機として受けとめている。そのことがこの日の勉強会からひしと伝わってきた。いかに島を立てていくのか、そのときいかに竹富らしくあるのか。個々の思惑を超えた、そのような問いかけこそが竹富島をここまで導いてきたのだろう。「うつぐみ」の力とは、時代の転換点において発揮されるこのような島の叡智を指しているのではないかと教わった、と。  先進的な観光論は、旧来のリゾート開発を否定し「着地型観光」へと進んでいる。将来の展望を見据えて、真剣に意見を交換する島の皆さんの姿を見て、私は、竹富島の観光は近い将来「着地型観光」へと進んでいくだろうと確信した。 …

第24回島立て学校 男だらけの縄綯い教室

昨日2月6日に開催しました「男だらけの縄綯…

1月30日開催:有限会社竹富観光センター水牛車営業所移転に関する住民意見交換会

1月20日に決起集会が開催された、 有限会社竹富観光センター水牛車営業所移転決に関する住民による意見交換会が、 30日の夜、竹富公民館主催により開催されました。 20日に参加できなかった方々も含め、約80名の住民ならびに同社の従業員も出席し、 竹富公民館長による経過報告、さらに住民間による様々な意見が交換されました。 「早急に移転合意」「看板の早期撤去」「移設先の選定」など様々な意見が上がりましたが、 今回の交換会での意見を竹富公民館執行部が取りまとめ、 近日中に竹富公民館臨時議会を開催するということで散会しました。 竹富公民館執行部は決起集会後設置した看板の文言を改めて吟味し、 適切でない内容は差し替えるなどの措置を取り、最大限の配慮を行いつつ今回の集会に臨んでいます。 竹富島を訪れる人々の心を痛めている看板については、 『竹富島憲章』の一、「保存優先の基本理念」の三によると、 『「乱さない」集落内、道路、海岸等の美観を、広告、看板、その他のもので乱さない。また、島の風紀を乱させない。』 と謳っており、竹富公民館の行動が憲章違反であるとの意見がありました。 しかし、竹富島憲章の前文「われわれが、祖先から受け継いだ、まれにみるすぐれた伝統文化と美しい自然環境は、国の重要無形民俗文化財として、また国立公園として、島民のみならずわが国にとってもかけがえのない貴重な財産となっている。(中略)われわれ竹富人は、無節操な開発、破壊が人の心までをも蹂躙することを憂い、これを防止してきたが、美しい島、誇るべきふるさとを活力あるものとして後世へと引き継いでいくためにも、あらためて「かしくさや うつぐみどぅ まさる」の心で島を生かす方策を講じなければならない。」(省略)とあり、 現在の看板を設置する行為が最も適切であると竹富公民館議会で決議されている以上、 前文で謳われている「方策を講じる」ひとつであるとご理解いただきたいとの意見もありました。 「事故や無謀運転を繰り返すばかりか、清明御嶽の北に面する聖域を蹂躙する同社の営業方針に怯えるお年寄りや子どもたちを守ることができなければ、癒しを求めに訪れる旅人達を癒すことはできない」 こうした考え方が竹富島民の根底にあります。 (ta)…

島の男性集まってください~!

第24回 島立て学校を開校します。 島の男性を限定として、ひっそりと縄ない教室を開校。 大きな声では言えませんが・・・実は苦手なんです という島民男性の皆様お集まりください。 是非お待ちしております。 平成26年2月6日(木) よる8時~9時30分 まちなみ館 参加費無料 身一つでお越し下さい。…

大塚勝久さんが見た「種子取祭」

NPOたきどぅん会員で全国竹富島文化協会理事でもある 写真家の大塚勝久さんのホームページにて、 2013年種子取祭の写真520点が紹介されています! http://www.shokyu-otsuka.com/blog.html 身近な人や、ご宿泊先のオーナーさんなど のキリリとした表情が写しだされています。 ぜひ、皆さん覗いてみてくださいね! (ta)…

有限会社竹富観光センター水牛車営業所移転決起集会

昨日、竹富公民館及び竹富島の聖域・文教地区を守る住民の会主催による 「有限会社竹富観光センター水牛車営業所移転決起集会」が開催されました。 午後1時からの開催とあり参加者は38名と少数でしたが、 竹富公民館、竹富青年会、竹富保育所保護者会、竹富小中学校PTA、 竹富島の聖域・文教地区を守る住民の会など、各団体代表による声明が発表されました。 平成17年から提起され、 年を重ねるごとに深刻化するこの問題の決着をつけるために、改めて住民が立ち上がっています。 集会に配付された資料をUPします。 「竹富島の喉に刺さった棘」について、竹富島からの声明をご覧ください。 (ta) 有限会社竹富観光センター水牛車営業所移転に関する経過報告 (平成20年2月以降) 平成20年2月25日 水牛車営業所反対決起集会(あいのた会)      5月 2日 町景観審議会より「規模逸脱、重大な影響、町は適正な措置を講じるように」との答申      5月 3日 水牛車営業所反対決起集会(公民館、守る会)      5月 9日 反対集会・デモ行進  5月12日 町教育委員会より竹富観光センターより除去命令      5月20日 反対集会・デモ行進      6月13日 保育所保護者会、子ども育成会より町議会へ陳情書      6月23日 移転協定書締結(竹富町、竹富観光センター、竹富公民館、聖域と文教地区を守る住民の会) 平成21年2月20日 第一回移転検討委員会(委員長・富本傳副町長)      4月28日 第二回移転検討委員会(移転場所6か所提示)     10月22日 保育所保護者会より町へ要請     11月25日 第三回移転検討委員会(事業者欠席) 平成22年1月28日 第四回移転検討委員会(移転場所回答なし) 平成23年5月 8日 水牛車暴走事故      7月21日 第五回移転検討委員会(3億円の補償要求) 平成24年3月27日 水牛の角に突かれて重傷事故 平成25年8月26日 送迎バスが環状線の電柱に衝突して折損事故 平成26年1月16日 公民館議会で移転促進の行動を再確認 ほかにも公序良俗に反することが頻発するようになり 私たちは今日の決起集会を開催するに至ったものです。 この件もわれわれのうつぐみとズンブンで解決していかなければ 先祖にも子孫にも申し訳がありません。 喉に刺さった棘を長い時間かかっても、倦まずあきらめず努力していきましょう。 有限会社竹富観光センター水牛車等営業所移転の決議 竹富島の全てのみなさまに訴えます。 石垣在、沖縄本島在、本土在の全ての竹富島出身者のみなさま。竹富島をこよなく愛する皆さま。そしてこの竹富島を訪れるすべての観光客のみなさまに訴えます。  有限会社竹富観光センター水牛車営業所は住民の総意を無視して同地に強硬設置しましたが、私たちは、かかることは断じて許すことはできません。  私たち住民が許すべきではないと考える主な理由は次の通りです。 1.この区域では島建ての神、清明御嶽に隣接し、神司が祈願する井戸2カ所 が含まれていること。 2.神の道であるナビンドーに接していること。 3.小中学校、保育所など教育機関が隣接していること。 4.近くには竹富診療所があること。 5.島のコミュニティの中心であるまちなみ館に隣接していること。  このような場所に不特定多数の観光客が出入りすることは、水牛の悪臭と送迎バスの騒音により聖域の尊厳が損なわれ、学校・保育所の静かな教育環境が破壊され、通院者の危険が伴います。  現に平成23年5月には水牛車の暴走事故、24年3月には水牛の角に刺されて重傷事故、25年10月には送迎バスが電柱に衝突して折損するという事故が起こっています。このほかにも関連した事故や横暴さが報告されています。  私たち竹富公民館はこの問題が提起されて以来幾度となく会合を重ね、平成20年6月23日に竹富町、有限会社竹富観光センター、竹富公民館、竹富島の聖域・文教地区を守る住民の会の4者による移転に関する協定書を締結しました。4者は信義に従い、誠実にこの協定を履行するとして、早急に移転推進に努めるものとしています。  しかるに同社は言を左右にして協定を履行しないどころか、教育委員会の指導を無視して違法建築、無届建築を繰り返しています。種子取祭には営業行為を自粛するという島の美風を踏みにじり、拝金主義に堕落しています。  今こそ私たちは竹富島の「うつぐみ」の精神を結集して、移転を完了するまで闘うことを決議します。 平成26年1月20日 竹富公民館長ほか竹富島住民一同 声 明 平成26年1月20日 竹富島の聖域・文教地区を守る住民の会 有限会社竹富観光センター水牛車営業所移転に関しては、平成20年6月23日に竹富町、竹富公民館、有限会社竹富観光センター、竹富島の聖域・文教地区を守る住民の会の4者により、早急に移転する旨の協定書に調印しました。  その時に私たちはこの協定書が順守されて聖域が守られ、教育環境が回復し、本来の町並みが維持されることを期待しました。これからは同じ竹富人として「うつぐみの心」で先祖のために、子孫のために、二度と反対運動の看板など立てる必要のないような、より良い島づくりができるようにとの声明文を発表しました。  その後、町が音頭を取って何度となく協議して参りましたが、違法建築、無届建築を繰り返して美しい竹富島の集落景観を破壊し、危惧されていた事故も頻発しています。  ここに至って私たちは、やむに已まれず再び早期移転を要求する決議集会を開催することになりました。  18歳以上の住民82%がこの場所での営業に反対している状況を、さらに世論を喚起して島外からも理解、支援をお願いするものであります。 …

第177回竹富島民具づくり教室

天候の良し悪しで寒暖の差が激しい竹富島。 風邪で体調を崩されぬようご注意くださいませ。 さて、2014年最初の教室は三連休の初日。 お風邪をひかれている方も何名かおり、 177回目の参加者は3名。 さらに新たなメンバーも加わり4名での開講です。 年末年始の休暇を上手に利用して、 アンク(アンツク)に用いるサミ(月桃)の縄を沢山綯って 来られることを期待していましたが、 やはり、年末年始は皆さん大変お忙しい様子です。 いつもと同じように、 みんなでゆんたく(おしゃべり)をしながら縄を綯います。 柔らかな陽ざしのなかでおしゃべりしながら手を動かすメンバーの姿を見ると、 プログラムの進捗状況なぞ忘れてしまいそうな。 そんな楽しげな雰囲気を感じさせてくれた177回目の教室でした。 (ta) …

あけましておめでとうございます

2014年、明けましておめでとうございます。 今年の元日は久々のよい天気に恵まれ、 新年早々さわやかなスタートとなりました。 本年もよろしくおねがいいたします。 …

2013年、ご声援まことに有難うございました。

今年も NPOたきどぅんの活動にご支援ご賛同いただき、 まことに有難うございました。 来年も引き続き、 竹富島の文化・自然遺産を次世代に継承できるシステムづくりや、 竹富公民館を中心とする竹富島民と一緒になって、 島を盛り上げていく活動を行っていきます。 本年は、長年にわたって検討されていた、 集落内の駐輪場に休憩小屋を設置することが出来ました。 来年は、こちらも長年の提案事項である 「花城村・久間原村遺跡」周辺整備に取り掛かります。 2007年6月に石垣・沖縄・東京の3郷友会と竹富公民館の共催による 「ふるさと探訪」の際、多数の参加者を驚嘆させたこの史跡は、 花城御嶽・久間原御嶽北面に位置する15世紀~16世紀にかけての遺構で、 国史跡に指定されている 石垣島のフルスト原遺跡や波照間島のマシュク村遺跡に匹敵する 大規模な史跡です。 これらの史跡周辺の整備を進めることによって、 多くの来島者に現集落の基礎となる 往古の竹富島の生活習慣に触れていただけたら・・・。と考えています。 ハード面だけではなく、 「素足で感じる竹富島」「竹富島民具づくり教室」「庭の日」 のソフト面についても事業を継続し、 引き続き、竹富島の伝統文化に触れていただける活動も実施していきます。 来年は甲午(きのえうま)の年。 “暴れ馬”を乗りこなせるようにタフな活動を心がけて行きます。 来年も今年と同様に ご支援ご賛同をよろしくお願い申し上げます。 特定非営利活動法人たきどぅん 理事ならびに職員、関係者一同 …