2月28日付八重山毎日新聞『不連続線』
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2月28日付八重山毎日新聞の『不連続線』では、
砂川哲雄氏が様々な問題が浮上する竹富島にエールを
送っています。
私たちは
竹富島憲章前文に明記された西塘大主の遺功である
『かいしくさや うつぐみどぅ まさりょうる』の精神
をもって、これらの問題を解決していかなければなりません。
(ta)
竹富島はこれまでの歴史の中でも最大の試練を迎えているかもしれない。というのは、このところリゾート施設建設や水牛車観光施設移転をめぐって、業者と地域住民の間で意見の対立や反対運動が起きているからだ
沖縄観光のメッカ・八重山を象徴する竹富島。
「竹富島憲章」や町並み保存事業によって守られてきた独特の集落景観は、毎年多くの観光客が訪れる。だが、小さな島は観光地として注目を浴びるほど、様々な矛盾と苦悩を抱きこむ。
仕事や収入を主に観光産業に頼る以上、観光客を増やさなければならない。増えたら増えたで、今度は受け皿としての宿泊・観光施設などを拡大する必要に迫られる。当然、島の自然や集落景観は崩れる。
竹富島の観光客も増加の一途だ。皮肉にもそのことが結果として、集落景観や自然に好ましくない影響を及ぼしてくる。竹富島の将来は今、間違いなく大きな岐路に立たされている。
それでもこうした問題で、竹富島の人たちが感情的に分裂することだけは避けたい。小さな島では、一度裂けた感情を元に戻すのは容易ではないからだ。
竹富島の共同体的精神は「うつぐみ」の心。厳しい状況だからこそ共に乗り切って欲しい。「賢(かし)くさやうつぐみどぅ勝(まさ)れうる」(しきた盆節」抄。)
(砂川哲雄)
…
竹富島の水牛観光施設-無許可開発で調査開始-
八重山毎日新聞2月26日(火)付記事
現在、集落内において重大な問題が起こっています。
この問題は2004年からの懸念事項であり、その都度、
島民の殆どの方が胸を痛めてきました。
(ta)
竹富町 事業停止も視野に 観光センター側は反論
23日から島内の土地約2900平方メートルで行なわれている造成工事について、町は25日、町地域開発指導要綱に基づく許可を受けずに行なわれている可能性があるとして、調査を開始した。大盛武町長は無許可での造成が確認された場合の対応について、「停止の権限がある」と述べ、同要綱に基づいて事業停止を求める考えを示した。水牛車観光施設を整備するために造成を行なった有限会社竹富観光センターの小底朝吉代表取締役社長は「申請は出してあるが、町当局『町教委が長景観形成地区保存条例に基づく現状変更許可を出していない』という理由で、受理しない」と反論し、建築確認を待って施設整備に着工し、5月末に営業を開始する方針。同要綱に基づく許可を担当している町企画財政課は「申請前の調整はしているが、同社からの申請は出されていない」(慶田盛博課長)と述べ、食い違っている。
申請手続きめぐりトラブル
町によると、同要綱では1,000平方メートル以上、3,000平方メートル未満の土地で開発行為を行なう場合には、町の許可が必要だと定めており、違反した場合には事業を停止させることができるとしている。
町は25日午後3時から町役場内で、町長、副町長、教育長、総務課長、企画財政課長、町教委総務課長が約2時間にわたって対応を協議した。
これと並行して、同要綱に基づく許可を担当する町企画財政課の職員1人と町並み保存を担当する町教委の職員1人を同島へ派遣し、調査に着手した。町と町教委派今後、2人の調査結果を元に具体的な対応策を検討していく。
協議終了後、大盛武町長は同社に対して町側が行なってきたこれまでの対応について「口答で指導してきている」と説明するとともに、今後造成している場所以外の土地を同施設用地としてあっせんしてきた経緯にふれながら、「(同社は)それを踏まえて強行に(造成に)出てきた。制度は制度として認識して欲しい」として、同社側に改善を求める考えを示した。
町教委を提訴へ
現状変更許可ないのは不当 竹富観光センター
水牛者観光施設用地として島内の土地約2,900平方メートルで造成を行なった有限会社竹富観光センター(小底朝吉代表取締役社長)は「町教委の指導に基づいて(同施設整備のために)公民館の同意を得たのに、昨年8月に申請した町景観形成地区保存条例に基づく現状変更許可が認められないのは不当だ」として、町教委を相手取り、約3000万円の損害賠償を求めて提訴する考えだ。現状変更許可申請に対する対応を怠った不作為についても行政訴訟を検討している。
町教委は今月29日、来春の人事について協議するために予定していた臨時委員会で今回の問題を協議するほか、来月18日に開く町伝統的建造物群保存地区等審議会(三村浩史会長)でも協議する。
同社は現在、竹富郵便局の南側にあたる場所で営業を行なっているが、
土地の賃借契約が切れることから、業務拡張に合わせて4年前から移転を計画していた。
同社が水牛車観光施設用地として造成した土地の北側には竹富小中学校と清明御嶽、南側には竹富島まちなみ館、東側には竹富保育所が接している。町立診療所にも近い。
地元の集落組織「あいのた会(竹富島東支会)」(大山栄一会長)は10日の臨時総会で「(計画地は)信仰・教育・医療が機能する島の中核。水牛車観光による衛生や騒音、治安などの問題が懸念されている」として反対を決議。23日には建設反対を訴える看板9枚を集落内に設置した。
慶田城久町教育長は「地域住民の(反対の)声もあるので、公民館としての意見をまとめてほしい。こういう(反対意見がある)状態では(現状変更の許可)できない」と話している。
また、大盛武町長は「賠償には値しない。(提訴は)理不尽。地域の意向を重視する。本来は、町まで上げる問題ではない」と地域内での調整に期待する考えを示した。
小底社長は「町教委の指導を受け、公民館も一緒になって代替地の確保などを含めて場所の選定を行なってきた。公民館の同意も得ている」と主張し、「司法の場で解決するしかない」と話した。
水牛車施設移転に反対
竹富島東支会が決起集会
集落組織「あいのた会(竹富島東支会)」(大山栄一会長)は25日午前、水牛車観光施設用地に隣接する民家で「水牛車施設移転反対決起集会」を開き、同施設の整備は「土地の利用における公共の福祉に反する」とした宣言文を採択した。同会は今後、島内外で署名活動を展開する。工事差し止めに向けた法的措置も検討していく。
集会には約60人が参加。大山会長は「島の将来や、子孫のために工事を阻止しなければならない。うつぐみの精神がどうなるか分からない」と危機感を露わにした。神司の富本定さん(83)は「人間が解決できないので、立ち退きが出来るよう神様にお願いしてきた」と報告した。
自宅が同集会の会場となった仲村渠隆雄さん(46)は「島の中心に当たる文教地区に(水牛観光施設ができるの)は困る」と話していた。
反対看板は撤去へ 竹富島東支会
集落組織「あいのた会(竹富島東支会)」(大山栄一会長)が23日、水牛車観光施設の整備に反対する看板9枚を設置したことについて、町教委25日、町景観形成地区保存条例に基づく現状変更行為仮設届けがないままに行なわれたとして、撤去を求めていく方針を決めた。同会は応じる考え。
担当者は25日午後、現地を調査したあと、大山会長に口頭で伝えた。今後、町教育長から文書で指導を行う。
また、看板で名指しされた有限会社竹富観光センターの小底朝吉代表取締役社長は25日までに「看板の設置は営業妨害だ」として法的措置を検討する考えを示した。
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「方言、民話継承で講演」
16日付八重山毎日新聞には、9日に開催された
全国竹富島文化協会主催「第12回星砂の島文化講演会」
に関する記事が掲載されています。
こうした竹富島の文化遺産をいかに継承していく
システムを創るのかが、今後の竹富島の将来を俯瞰
する鍵となります。
(ta)
【竹富】
全国竹富島文化協会主催の「第12回星砂の島文化講演会」
が9日、午後6時半から竹富島まちなみ館で開催され、
「竹富島のムニンガタイ~その伝承と再生を期す~」
をテーマに立命館大学の福田晃名誉教授が(76)が講演した。
1996年に創出した同協会は、昨年10周年を記念して浦添市
てだこホールで「竹富島種子取祭の芸能講演」を実施、東京
國學院大学でも「星砂の島文化講演会」を開催してきた。
今回は「テードゥンムニの継承と昔話」をテーマに、
竹富島をはじめ沖縄の島々でもシマ言葉の再生が重要な課題
となっていることから、新しいシマ言葉の再生方法はないか
を考えようと行なわれた。
福田氏は1975、76年に立命館大、大谷女子大、沖縄国際大
の学生と竹富島はじめ各島々に伝承される民話の聞き取りを
行なってきた。
講演では、約40年前に録音した長老のシマクチ(島言葉)
のムヌンガイタイを聞きながら「口伝えの文化財」をいかに
継承すべきかについて語った。
福田氏は「ムヌンガタイの文化財としての意義は、口伝え
によって継承されることにあり、真の伝承の意義はシマクチ
によって維持されることである」と定義。
また民話の里として知られる岩手県遠野の昔話の伝承方法
を紹介しながら「竹富島の民話は、竹富の言葉で語ることが
大切。繰り返し聞いて丸暗記するだけでなく、自分の語り
口調で語る新しい形で語りを再生することができるのではな
いか。若者や子どもたちに修練し子どもたちに語らせること
も大切」と話した。
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世持御嶽清掃活動
昨日、一日の仕事を終えたのちに、
NPOたきどぅん職員、理事、正会員の方々が集い、
種子取祭の舞台となる世持御嶽の除草活動を行いました。
竹富島に来られる観光客は必ず訪れる世持御嶽。
この御嶽には、火の神と農耕の神が祀られています。
種子取祭では、六山、八山の神々がこの御嶽を訪れ、
島人が奉納する芸能をご覧になると云われています。
また、『素足で感じる竹富島』ツアーのルートでもあり、
ツアー観光客のかたがたも集落への入り口として訪れています。
本来なら竹富公民館執行部が清掃活動を行なうのですが、
降雨が続き、なかなか手が付けられない日々が続きました。
実施日を決め、会員に呼びかけた成果もあったのでしょうか。
昨日は時折太陽も顔を出し、ようやく、清掃を実施することが
できました。
清掃は、一人で行なうよりも皆で協力すれば、早く、かつ
丁寧に行なうことができます。
NPOたきどぅんは、こうした活動に垣間見える「うつぐみ」
の精神を持ち続けたいと考えています。
(ta)
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「島を丸ごと教材に」
本日(15日)の八重山毎日新聞には、9年連続して
ソニー賞を受賞した竹富小中学校の記事が掲載されています。
小さな島で大きな活躍を続ける竹富小中学校の子ども達
に是非エールを送ってあげてください。
(ta)
今年のソニー科学教育プログラムで努力賞に輝き、
9年連続入賞を果たした竹富町立竹富小中学校(児童
27人、生徒6人)の石垣安志校長と小学部研究主任の
平良智教諭が14日午後、八重山教育事務所を訪れ、
金城文雄所長に受賞を報告した。
同校は同プログラムが始まった1999年から、島の
美しい自然や伝統文化、先人の知恵など、島を丸ごと
教材にして研究を重ね、過去に最優秀賞1回、優秀賞
2回、奨励賞2回、努力賞3回と9年連続入賞を果たしている。
本年度は「環境」をテーマに、学年に応じ、校内の動植物
や漂着ゴミ、地球温暖化などについて研究した。
石垣校長は「9年間に4人の校長が替わり、職員も替わった。」
その中で引き継ぎがうまくいったことで、9年間、続けることが
できたと思う」と話した。
また、平良教諭は「常に島の素材を題材として、課題を見つけ、
それを研究して解決する方法で取り組んできた。9年連続は
子どもたちに自信をつけることができた。教師もチェック機能が
働き、島の人も誇りに思い、期待している」と話した。
受賞報告を受け金城所長は「9年連続受賞は並大抵のことではな
い。その努力に敬意を表したい。小さな学校でも頑張ればできる
ということの見本になる。継続して頑張ってほしい」と激励した。
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記念誌『なごみ』を発刊
■40周年で石垣竹富郷友会が
記念誌『なごみ』を発刊
『八重山毎日新聞』2008.02.07
石垣竹富郷友会西会の野原裕佳会長と本仲勉編集委員長がこのほど八重山毎日新聞社を訪れ、昨年の創立40周年記念事業で作成した記念誌を寄贈した。
同会が作成した創立40周年記念誌「なごみ」は同会会員の寄稿や協力で、同会の活動や竹富島の歴史や移り変わりを250ページにまとめている。
記念誌は同会の編集委員会が中心となり7年前から取り組み、15周年の記念誌以来、実に25年振りに発刊した。
野原会長は「15周年記念誌以来、良いものを作りたいとこれまでの会長や会員が現在につなぎ、頑張ってきた。記念誌で郷友会を高めることができればうれしい」、本仲編集委員長は「インターネットの普及などで資料は充実したが、作成を終え会員に配布したあとに、貴重な資料が残っていると聞き、それを今回の記念誌にまとめることが出来なかったのが残念」と話した。
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『竹富島・小浜島の昔話』のこと。
第12回星砂の島文化講演会の講師・福田晃氏は1975年・1976年に、立命館大学・大谷女子大学・沖縄国際大学の学生を募り、八重山の島々に伝承されてきたムニンガタイ(民話)の聴き取りを行いました。
その成果が『竹富島・小浜島の昔話』(1984年・同朋舎出版)に結実されています。本書は「南島昔話叢書」第9巻として刊行され、竹富島の昔話46話、小浜島の昔話62話が収録されています。
ここでいう昔話とは、神話・伝説、本格昔話、世間話、笑話、動物昔話などを総括したものを指します。
福田氏は編者代表として「あとがき」に「本書は、立命館大学・大谷女子大学・沖縄国際大学の若い学生たちのエネルギーと、竹富町教育委員会・八重山文化研究会・竹富島小浜島の公民館・老人会など地元の皆さんの協力と、竹富島・小浜島出身の若き学究者の情熱との三つが統合して成ったものである」と述べています。
ちなみに、この竹富島出身の「若き学究者」は、仲筋出身の狩俣恵一氏のことです。
本書最大の特色は、本を開いたとき、上段には語り手が方言で語ったものを忠実に翻字したもの、下段には編者らが共通語訳したものを配して構成したところにあります。テードゥンムニの味わい深さを活かした編集になっています。
一話ごとに、語り手の名前も記録されていますが、残念ながらこれらの先輩方はすでに故人となられています。本書はそれだけに貴重な記録だともいえます。
本書に収録された竹富島の昔話の題名と語り手を、ここに記しておきます。
01 竹富島の島建(上勢頭亨)
02 仲嵩の由来(大山功)
03 御願崎の石上げ(与那国清介)
04 ニーウスビの神(大山功)
05 種子取祭と六人の神(大山功)
06 石垣・幸本御嶽の香炉(東盛弘介)
07 犬の井戸(前野長用)
08 アーパー石(東盛弘介)
09 世果報の神とサン(前野長用)
10 ムカデ旗の由来(大山功)
11 鉄人の根原神殿と与那国島(大山功)
12 花城の神と川平カニーブの船漕ぎ競争(大山功)
13 多良間モーシ(大山貞雄)
14 ハブ聟入(生盛康安)
15 子育て幽霊(与那国清介)
16 継子の井戸掘り(加治工政治)
17 按司の身代わり花嫁(大山功)
18 藁しべ長者(前野長用)
19 産神問答(前野長用)
20 大歳の客(1)(狩俣カマド)
21 大歳の客(2)(与那国清介)
22 ユヒトゥンガナシの恵み(大山功)
23 ある男の仇討ち(加治工政治)
24 首のない影(前野長用)
25 働かずには食えない(大山貞雄)
26 真栄里ギシャーの大力(東盛弘介)
27 竹富武士と屋良部武士の力くらべ(前野長用)
28 人間の腰(大山功)
29 烏に仕返し(東盛弘介)
30 唐の不思議(与那国清介)
31 小さい時計は時間が早い(大山功)
32 玻座間蛙と仲筋蛙(大山功)
33 シジランと南京虫と蚤(与那国清介)
34 白鷺とヨーラとクビラと鳩(東盛弘介)
35 老烏の知恵(生盛康安)
36 十二支の由来(石川明)
37 鷲と海老(大山貞雄)
38 蝙蝠の二心(根原ハツ)
39 猿の生肝(前野長用)
40 竜宮の祝い(1)(与那国清介)
41 竜宮の祝い(2)(石川亀美屋)
42 雀孝行(大山功)
43 雨蛙不孝(前野長用)
44 雲雀と若水(上勢頭亨)
45 犬の脚(石川明)
46 鶏が鳴きだすわけ(大山功)
「解説」によると、竹富島における昔話の伝承の系譜は、家系に沿うところが大きいといいます。
しかし、本書にもっとも多く収録されている、大山功の伝承の系譜は、「血縁関係よりも地縁的結合によるものが、その中心となっている」そうです。
大山功氏は、昔話を祖母や父母から聞くことよりも、「村の古老・先輩・友人から聞き取ったものであり、特に近くの東金城加那や勢頭真牛からのものが多く、夕食後、その家を訪ねては話を聞かせてもらった。あるいは、西表島へ出作りに赴く舟の中で、あるいは、稲作・畑作の仕事のなかで、また山の木伐りの作業の折に、話を聞くこともあったという。しかも、それらの伝承話を自分の自分の子や孫に語ることはなかったが、村の祭りや畑仕事の折、あるいは出作りの赴く舟の中で、村の人々に、これを語っているのであった」とユニークな伝承のあり方です。
この『竹富島・小浜島の昔話』のほか、竹富島の昔話を記録した、『竹富島誌 民話・民俗篇』『蟷螂の斧』、またNPOたきどぅん発行の『テードゥン昔ムヌンガタイ』などを大いに活用し、生き生きとした昔話の継承につとめていきたいものです。 (YI)…
星砂の島文化講演会について
今朝の『八重山毎日新聞』には、
9日に開かれる全国竹富島文化協会主催の
「星砂の島文化講演会」への誘い文が
掲載されています。
文章は全国竹富島文化協会理事長の高嶺方祐氏です。
■「テードゥンムニの継承と昔話」の講演会へのお誘い
『八重山毎日新聞』2008.02.06
全国竹富島文化協会は、1996年に創立され、昨年は、10周年を記念して、浦添市てだこホールで「竹富島種子取祭の芸能公演」を行うとともに、東京で、国学院大学を会場に「星砂の島文化講演会」を開催しました。
これまで11回の講演会では、種子取祭芸能や町並みと経済、うつぐみ、西塘、衣食住の歴史などの講演やシンポジウムを竹富と那覇で行ってきましたが、今年からは東京でも恒例行事として開催することにしています。
今回の「星砂の島文化講演会」のテーマは、「テードゥンムニの継承と昔話」です。竹富島に限らず、沖縄の島々における「シマ言葉」の再生方法はないのか。それを考えるための講演会です。
講師は、立命館大学名誉教授の福田晃先生です。先生は、昭和50年と51年に、立命館大学、大谷女子大学、沖縄国際大学の院生と学生を募って、八重山の各シマジマに伝承されてきた民話(ムニンガタイ)の聴き取りを行い、伝承を終えようとした八重山の優れたムニンガタイの数々を記録に留めてあるそうです。
竹富島での聴き取りは、多くが故人となられていますが、前野長用、大山功、生盛康安、加治工政治、東盛弘介、与那国清介、大山貞雄、上勢頭亨さんたちからでした。
福田先生の講演の演題は「竹富島のムニンガタイ―その伝承の再生を期す―」です。40年余り前に録音した先輩方のムニンガタイを聞きながら竹富島の「口伝えの文化財」をいかに継承すべきかを皆さんと一緒に考えたいと思います。
福田先生は、今回の講演への抱負として、次のように述べておられます。「ムニンガタイの文化財としての意義は、口伝えによって継承されることにあり、真の伝承の意義はシマクチによって維持されることであるに違いない。ふるさとの文化は、ふるさとの言葉(シマクチ)に宿っている。ムニンガタイを通してシマクチの再生を期待したい」。
講演会は左記の通りです。文化協会員はもちろんですが、関心のある方多数参加されるようお誘いいたします。
日時○2月9日(土)午後6時30分
場所○竹富島まちなみ館
※ 入場無料、終了後懇親会。
午後9時30分に石垣行き用船があります。
…
『八重山毎日新聞』2008.02.05掲載記事
『八重山毎日新聞』2008.02.05掲載記事よりふたつ。
■南北が輪になり交流
―4年ぶり、旭川ウタリ協会が竹富へ―
(竹富島通信員)
4年ぶりに旭川ウタリ協会文化交流団(川上団長ほか15人)か竹富島をこのほど訪れた。
午前10時過ぎに一行が竹富港に到着するころには日もさし、島民らがトンチャーマで迎えガーリを繰り返して歓迎した。一行はゆがふ館を見学し、学校では全員にムックリ(口琴)をプレゼントして指導した。
夜の芸能交流会には島民や観光客も大勢つめかけて、立ち見も出るほどの盛況だった。主催の全国竹富島文化協会の高嶺方祐理事長は「旭川まで3300キロメートル、気温はマイナス23度とプラス23度。距離感を温度差で体験して今回も良い南北交流が出来るように」と述べ、竹富島に伝わる「ザンヌユングトゥ」を披露した。アイヌ訪問団の川上団長は「4年前の竹富島の印象が良かったので人選に困った。アイヌとは人間という意味。お互い顔かたちを見ても全然違和感がない。旭川とも正式な姉妹校流を」とし、上間毅公民館長は「文明は滅んでも文化は滅びない。北と南の異文化は日本にとっても大切なこと。敬意をこめて心から歓迎したい」とそれぞれあいさつした。
竹富島からは種子取祭の狂言「世曳き」と3支会から各1点のにぎやかな芸能が出され、アイヌ側からは「あいさつの踊り」に始まり、楽器を持たず自然と共生してきた民族の、素朴な踊り10点が披露された。唯一の楽器といえるムックリは、哀調を帯びたなかに時に激しく響くと会場からは大きな拍手が起こっていた。近年手がけているという、アイヌの気持ちを共通語とギターでロック調に演奏する曲もあった。「色男の踊り」は前回大好評だった演目で、会場は爆笑に包まれていた。
たっぷりと楽しんだ後は全員で会場いっぱいに「イオマンテウポポ」の輪踊りと竹富島の「巻き踊り」、モーヤーと続き、南国にしては寒い夜を大いに盛り上がった。
■石垣島キャンプ初のオフ日 ロッテナイン島内・離島観光楽しむ
千葉ロッテマリーンズ石垣島キャンプ練習オフの4日、選手たちは島内・離島観光やゴルフ、ショッピングなどで休日を満喫した。
そのうち大嶺祐太投手とともに竹富島を訪れ、水牛車に乗って集落内観光を楽しんだ。
竹富保育所には「V目指せ 日本一」の横断幕も飾られ、大嶺投手らの乗った水牛車が保育所に近づくと、子どもたちが「大嶺選手頑張れー!」と声援をかけた。
また3人を取材する多くの報道関係者も竹富島入りし、島を訪れていた観光客や島民らは「さすがプロ野球選手。こんなに多くのカメラマンが一緒についてくるなんてすごい。大嶺投手も立派になった」と話していた。
大嶺投手は「竹富島へは何度か来たことはあるが、水牛車に乗ったのは初めて。意外と早く動いて楽しかった。いいリフレッシュができたので、明日からの練習も頑張りたい」と笑顔を見せ、服部・下敷領両投手は「建物とかがすごく沖縄らしく、癒やされる感じがした」「よく旅行をするが、竹富島は初めてで楽しかった。また遊びにきたい」とそれぞれに感想を述べた。
ロッテ石垣島キャンプは5日から第2クールに入り、徐々に練習のレベルを上げていく。
…