JICAのみなさま おーりとーりたきどぅん

本日8/6、JICAのご一行さま9名が竹富島に来島されました。         そして、NPOたきどぅん主催の“素足で歩く竹富島ツアーへ”ご参加いただきました。 台風が目の前に迫る中の不安定な天候でした。 途中で雨に降られましたが、ガイドの方が機転をきかせ、雨宿りを織物展示がある民芸館へルートを変更。         ちょっとお得なツアーとなりました。 一息ついてお話をすると、暮らしのことや自然のことなど質問が飛び、有意義な時間となったようです。         ご参加、ありがとうございました!  …

豊年祭

竹富島の豊年祭が8/4~5、二日間にわたって…

第224回竹富島民具づくり教室

8月から開講日を火曜日から土曜日に変更して 最初の竹富島民具づくり教室。 子どもたちが夏休みに入ったり、友人や親族が来島したりと、 毎年夏季の教室は参加者が集まりませんが、 2名の参加者が集い開講しています。 前回に引き続きヤミカゴの製作。 今回は幅取り機を使って幅を揃えていく作業を行いました。         あまりの暑さに会場はゆがふ館の前庭ではなく、 館内のゆんたくコーナーにて。 おばぁガイドの古堅節さんもゆんたくに加わり、 前回の教室同様、“口”と“手”が両方うごく和やかな教室でした。 次回の教室は8日土曜日。いよいよ型枠が登場します。 今回参加できなかったメンバーの皆さん、次は必ずご参加くださいね!         (ta)…

デイゴ樹幹注入

7/29デイゴの樹幹注入を行いました。 台風で…

第223回竹富島民具づくり教室

台風9号来襲に伴い、 急遽6日に番外編としてタコノキを収穫した民具づくり教室のメンバー。         今回の教室では、干したタコノキをサンビキと呼ばれる 道具を使って鞣(なめ)す作業を行いました。 残念ながら今回の参加者は2名。 しかし鞣す作業だけなので、ゆんたく(おしゃべり)に花が咲きます。 講師の松竹昇助さんの、由布島へ通耕していたころの話や、 夕刻のコンドイ浜で泳ぐ楽しさなどなど。 しかし、しっかりと手は動いていました。         参加できなかったメンバーの分まで仕上げきれなかったので、 これらはお届け。 次回の講座までに鞣す作業を進めてもらい、 ヤミカゴづくりに入ります。 (ta)…

一番星が二つ?!

ここ数日、20時頃の西の空に、一番星が二個…

第221回竹富島民具づくり教室

梅雨も明け連日厳しい日差しが照りつける竹富島。 こうしたなかですが、毎週火曜日は民具づくり教室の開講日です。 今回はタコノキの収穫を予定していましたが、 3名の新たな参加者が加わったことや、 この暑さで収穫もままならないと考え、 ゆがふ館でビニール製の紐を使ってペットボトル入れを製作します。         始めは底の部分から編み始め、ペットボトルを入れて徐々に上へと編んでいきます。         細かなところは、やはり講師の松竹昇助さんの力を借ります。         新しいメンバーも加わった民具づくり教室の活動。 来週(23日)は慰霊の日のため休講し、次回は30日の開講です。 (ta)…

久びさのボウシクマーin小浜島

6/8 、6/9~10で小浜島で集中講座を開催してまいりました。 去年から開催していましたが、小浜島組みは、子連れの方や、漁業、…

東京竹富郷友会創立90周年記念公演にあたって

        竹富島では昨晩、 6月7日に開催される東京竹富郷友会創立90周年記念公演に提供する芸能の総稽古が行なわれました。 郷友会(きょうゆうかい)組織とは、故郷を離れた島の出身者が集い、 親睦を図りながら故郷を支えて行こうという趣旨のもとに活動する親睦団体です。 竹富島では、東京・沖縄・石垣の3郷友会が組織されており、 その中でも東京竹富郷友会は最も歴史が古く、大正14年に設立しています。 この3つの郷友会は、様々なところで島をバックアップしてきました。 郷友会の中で長男と位置づけられる 石垣郷友会は、親島から近いがゆえに物資・人的面で島を支え、 特に種子取祭の奉納芸能における貢献は枚挙に暇がありません。 二男にあたる沖縄郷友会は、県庁所在地である那覇市を中心とし、 県内でのPRを欠かしませんでした。 特に山城善三先生に代表される、県行政を通じての竹富島への貢献は計り知れないものがあります。 三男の位置である東京郷友会は、様々な情報の発信地である東京という位置を利用して、 内盛唯夫氏を中心として様々な竹富島のPRを行ってきました。 民俗学者の柳田国男や芸術家の岡本太郎、 そして本田安次や岡部伊都子をはじめとする著述家と繋がることにより、 竹富島の工芸品や伝統文化、ひいては風習・習慣を紹介したのです。 昭和51年の「種子取祭の芸能」として東京国立劇場公演の際は、 竹富から上京した芸能団を手厚く迎え、公演を大成功に導く裏方の役割を果たしています。 また、あまり知られていませんが、 東京郷友会の最大の功績は、本土資本の土地買収が進む昭和50年代に、 郷友会で費用を捻出してその企業の実態を調査し、 島に情報を提供し買収を阻止するよう警告しています。 こうした各郷友会の活動の積み重ねが、現在の竹富島を育んだともいえます。         東京竹富郷友会60周年記念誌『たけとみ』(昭和60年発行)より 現沖縄国際大学副学長の狩俣恵一氏は、 20年前(平成8年)に発刊した東京郷友会創立70周年記念誌「たけとみ」において、 郷友会活動についてこう記しています。 「私たち郷友会員は、竹富島という島社会の複雑な人間関係、 プライバシーのほとんどない生活、寄付の頻度が多くても文句を言わずに応えようとする自分、 自分の意見がはっきり言えない「横並びのうつぐみ」、過疎化による島の衰退、 高齢化による郷友会の衰退など、竹富島出身者の苦悩をすべて抱えている。 しかも私たちの竹富島での生活は、わずか十数年以内に過ぎない。 それにも拘わらず、私たちは竹富島に拘りすぎている。 私たちが竹富島や郷友会に対し、様々な不満や不安があろうとも、 竹富島には私たちを捕えて離さない魅力がある。 その魅力の源泉は、竹富島の精神世界であり、伝統文化であることをお互いに自覚したい。 ≪中略≫ 私は思う。 経済中心の近代化政策を進め、すっかり疲れ果てた日本社会は、 いまこそ郷友会を母体にしたような地方社会の文化活動を必要としているのだ、と。 私は郷友会に対し、まだまだ希望がある。夢もたくさんある。 私たちが我が竹富島を中心にして、自分たちの出来る文化活動を展開することは、 日本社会の未来に対しても希望を与えるものである。 私たちは郷友会に対し、これからも希望を抱き続けるとともに、郷友会の活動を文化中心へと転換すべきだと思う。」         東京郷友会をはじめ、各郷友会の活動メンバーが2世・3世へとシフトしてきましたが、狩俣恵一氏の70周年記念誌における提言は、色あせることなく今も生き続けています。 (ta)…

第220回竹富島民具づくり教室

梅雨らしいな・・・。と思ったのも束の間。 今日は厳しい日差しと湿度のある一日となりました。 今日は恒例の民具づくり教室の開講日。 先週に引き続きサミ(月桃)の縄綯いを行いました。 ゆがふ館のゆんたくコーナーで開講中、 内盛荘の若夫婦が遊びに来てくれました。 バラッタ(藁)を使って縄綯いにチャレンジです。 今月までにサミの縄を使って様々な道具を作りますが、 果たして、完成するでしょうか? サミのペットボトル入れ、サミのムッショーなどなど。 期待しましょう。 来週はサミの縄綯いはお休み。 タコノキが大きく育っているので、みんなで収穫です。 (ta)…