『沖縄タイムス』2007.11.10記事

/
故郷への思い強く 全国竹富島文化協会創立10周年で芸能祭  【浦添】全国竹富島文化協会は三日、市てだこホールで創立十周年を記念した「種子取祭(タナドゥイ)の芸能」を上演した。協会の会員らが地域色豊かな狂言や舞踊、棒術を披露。観客約千人が島で脈々と受け継がれている伝統芸能を鑑賞し、故郷への思いを強くした。  農作業を表した仲筋村の舞踊「マミドー」や、馬をかたどった板を腰に当てて踊る玻座間村の「馬乗しゃ」などが次々と披露された。  狂言「鍛冶工」は、演者の「ヒーヤーヘー」と、間の抜けた口調やこっけいな掛け合いに、会場から笑いが起こった。中には舞踊の所作を手でまねたり、歌を口ずさむ観客もおり、故郷を懐かしんでいた。  種子取祭は六百年余りの歴史を持つとされ、旧暦十月の甲申(きのえさる―トゥルッキ)に行われ、初日は玻座間村、二日目は仲筋村で奉納されている。 …

芸能公演・首里上り、大成功!

/
11月3日・4日の両日にわたって、 沖縄本島で竹富島を強く印象づける行事がつづきました。 3日に開催された全国竹富島文化協会(高嶺方祐理事長)の 創立10周年を記念した、芸能公演「種子取祭の芸能」は、 会場の浦添市てだこホールに入りきらないほどの郷友とお客様が 足をお運びくださいました。 満員御礼申し上げます。 まことにありがとうございました。 その翌日、石垣竹富郷友会(大山剛会長)を中心に、 「種子取祭の芸能」公演出演者、島にゆかりのある方々が、 「テードゥンヒトゥヤ シュイグスクィ アツォーリオーリ」 (竹富人は首里城に集まってください)の声のもと、 大勢の方が参加いただきました。 これらの行事の成功と感動は、 竹富島から参加した方々の口ぶりからもうかがえます。 また、これに関する記事が、 今朝の『八重山毎日新聞』3面を大きく占めています。 首里城下のウナー(御庭)で展開された ガーリの写真が掲載されていますが壮観です。 那覇支局通信員の鬚川修記者は、 「本島で竹富島の『種子取祭の芸能』公演が行なわれた。劇場公演は、躍動感とユーモアーにあふれ、ローカル色豊かな舞台に目を奪われた。『首里城上り』と併せ、島の熱い息吹、鼓動を伝えるには十分な舞台だった。沖縄竹富郷友会の新盛勇会長は、感動の2日間を『西塘大主も満面の笑みでボーレー、ボーレーと喜んでいると思う』と表現。伝統を受け継ぐ頼もしい若者の姿、うつぐみの島の未来は明るい」とコメントしています。 まことにありがとうございました。               (YI) 『八重山毎日新聞』2007.11.07の記事より ○全国竹富島文化協会「種子取祭の芸能」披露  「うつぐみの心」をアピール  全国竹富島文化協会(高嶺方祐理事長)の創立10周年記念「種子取祭の芸能」公演(同協会主催)が3日、浦添市のてだこホールで行われ、沖縄本島で本格的な竹富島の種子取祭の芸能が披露された。会場を埋めた満員の観客は、国の重要無形民俗文化財で600年余の伝統を誇る芸能の数々に酔いしれた。公演に出演したメンバーと在沖の郷友らは、4日、西塘大主を顕彰する「首里上り」も行い、劇場公演と併せ心を1つにして協力するうつぐみの竹富島をアピールした。  同協会は、竹富島の伝統文化の保存継承と発展を目的に1996(平成8)年に設立。会員は、竹富島出身者だけではなく、島を愛する人にも門を開くなど全国的な広がりを見せている。  劇場公演には、石垣在の玻座間民俗芸能保存会、仲筋民俗芸能保存会、沖縄竹富郷友会の会員をはじめ、宇根由基子、山森喜代子、大盛和子、久貝道子、赤山正子、島袋トキ子、與那國久枝、仲本末子の各舞踊研究所の竹富島出身者ら総勢117人が出演した。  公演は庭の芸能で幕開けし、玻座間村と仲筋村の棒を手始めに、舞踊「ジッチュ」「マミドー」「馬乗しゃ」が次々と披露され、会場から盛んな拍手が送られた。舞台の芸能では、玻座間村の狂言「鍛冶工」がトップを飾り、農具を製作する様子の面白いしぐさが会場の笑いを誘った。  舞台では、種子取祭の雰囲気が伝わる「世曳き」狂言や「しきた盆」など多彩な島の伝統舞踊が演じられた。竹富島独特の「鬼捕り」狂言では、迫力ある舞台演出と演技が注目を集めた。沖縄本島での劇場公演は、五穀豊穣(ほうじょう)を祈る伝統に彩られた竹富島の奉納芸能が観客を魅了した。公演で高嶺理事長は「本島の皆さんにお礼を兼ねての公演」と述べ、毎年竹富島の種子取祭に参加する郷友らに感謝した。 ○石垣竹富郷友会が「首里城上り」西塘大主の功績たたえる  石垣竹富郷友会(大山剛会長)主催の「首里城上り」が4日、首里城で行われ、前日の「種子取祭の芸能」公演の出演者と沖縄竹富郷友会の会員らが、竹富島出身で世界遺産の「園比屋武御嶽石門」を創建した西塘大主の功績を顕彰した。  西塘大主は、首里城にある同石門を建築後に、八重山出身者で初めて八重山の統治者になった。首里城上りは、竹富島の精神文化の柱をなす西塘大主の功績を確認し、島びとの連帯と創造的な島興しを推進することなどを目的に行われた。  首里城に集合した郷友らは、園比屋武御嶽石門前で「しきた盆」を斉唱した。その後、「うつぐみ」の鉢巻きを締めた約100人余の参加者が、木曳門から「道歌」を斉唱しながら首里城に移動。城下の御庭に入って「巻き歌」「稲が種子アヨー」などを斉唱し、最後は「ガーリ」で盛り上がった。  大山会長は「感動でいっぱい。今後とも私たちの精神文化のうつぐみを発信していこう」と述べ、首里城上りの祈願納めを宣言した。沖縄竹富郷友会の新盛勇会長は、芸能公演と併せて2日間にわたった行事の成功に感謝の言葉を述べた。 …

『朝日新聞』2007.10.14記事

/
10月14日の『朝日新聞』「がっこう探検隊」のコーナーで 竹富小中学校と同時に、こぼし文庫の活動が 「離島に35年育まれた文庫」の見出しで、 大きく紹介されています。 執筆者は上野創氏。 こぼし文庫創設の経緯や、「野間読書推進賞」の受賞などに触れながら、 こぼし文庫を運営する竹富小中学校のPTA友利由紀さん、 石垣安志校長先生、冨村龍男元校長先生の言葉も拾われており、 読み聞かせの様子を、リアルに伝えています。 「生きる上でぶつかる問題の多くは本が解決してくれる。この文庫は、子どもが大切な1冊と出会える場所として、島の人々が大事に育ててきたんですよ。」(冨村龍男) 「こぼし文庫は大切な島の財産。離島のハンディを乗り越え、学校と地域、双方の力で読書をますます盛んにしたい。」(石垣安志) 「子どもは読んでもらうのが好きですが、自分で本を選び、みんなに読んであげるのも好きなんです。」(友利由紀)                                (YI) …

種子取祭第4日目の『八重山毎日新聞』は竹富づくし!

/
本日、丁亥は種子取祭第4日目にあたります。 夕方からは、全生産人により、 奉納芸能の会場となる、世持御嶽の清掃が行われました。 さて、今朝の『八重山毎日新聞』の第1面を、 「旧与那国家住宅 国の重要文化財に」の記事が大きく飾っています。 建造物が国の重要文化財に指定されるのは、 竹富町では初めてのことです。 種子取祭のこの時期に、たいへんうれしい知らせです。 そのほか『琉球新報』『沖縄タイムス』などにも、 これに関する記事が掲載されています。 11面にはトゥルッキの様子が、竹富通信員により、 「種子取祭始まる」というタイトルで報告されています。 9面には現在連載中の「よくわかる新しい解釈 校合 八重山古典民謡」で 竹富島の民謡「仲筋ぬぬべーま節」がとりあげられ、 歌詞の一語一語にこだわって、丁寧に検討され、 新しい解釈も提起され、興味深い内容になっています。 また、八重山観光フェリー、安栄観光、石垣島ドリーム観光の 離島航路の時刻表には、23日、24日の奉納芸能の日ににあわせた、 臨時便の案内や、往復船運賃と送迎バスがセットになった、 乗船券の販売ついてのお知らせが掲載されています。 島外からの見学者の方は要チェックですね。 4面には、NPOたきどぅんの理事長である上勢頭保が、 竹富町自然遺産登録推進協議会会長の立場で、 「竹富町自然環境フォーラムへのお誘い」の案内をしております。 竹富づくしの今朝の新聞でした。                (YI) …

ミニ種子取祭

/
島にゆかりのある人は、種子取祭前になると、 気持ちが高揚し、居ても立ってもいられなくなるものです。 先日12日には、種子取祭に向けた、東京竹富郷友会の熱の入った 取り組みを紹介しました。 今朝の『八重山毎日新聞』には、 「竹富島のお年寄りらミニ種子取祭楽しむ」と銘打たれた記事が 掲載されています。 島の先輩方が一足先に「ミニ種子取祭」を行ったとのことです。 「竹富地区のボランティアグループ“ほほえみの会”(高那末子会長)と地域の高齢者が参加する昼食会がこのほど、竹富島コミュニティーセンターで開かれ、30人近くが参加した。  国指定の重要無形民俗文化財“種子取祭”を前に、種子取祭で奉納される古謡を取り入れた“ミニ種子取祭”を行い、一足先に種子取気分を味わった。  昼食後は、インフルエンザについての講話もあり、症状や治療方法などについても説明を受けた。」 …

『八重山毎日新聞』2007.10.14

/
 『八重山毎日新聞』連載の「八重山の針路と選択」の第52回に、 上勢頭芳徳氏がこれまで町並み保存にかかわってきた立場から 寄稿しています。 八重山の針路と選択(52) 第3部まちづくり11                         上勢頭芳徳  この数年、石垣島の変ぼうは傍から見ても、目を覆うほどのものがあります。さすがにこれではと本紙でも特別取材班を設けて、51回の連載がありました。そのうちの10回を竹富島の紹介に当てられたのは、まさに石垣島の現状に対するアンチテーゼとしてのことでしょう。もちろん竹富島とて完全な楽園であるはずはありません。いつもいつも問題を抱えながらも、先人たちはそれを「うつぐみ」と知恵で克服してきました。  シマで生きるには「悪いさたを残したら先祖にも子孫にも申し訳ない」という気持ちが働いたからです。今も島の浮沈にかかわる大きな問題を抱えています。そしういったことを踏まえて、これまで町並み保存かかわってきた立場から、特集で指摘されたことへの補足を述べたいと思います。  きわめて辛口のの報道人だった故・友寄英正さんは「竹富島の町並み保存は沖縄の住民運動の中で、人頭税廃止運動に次ぐ成功例だ」と言ってくれました。  復帰前後に吹き荒れた企業や個人による土地買い占めに、「土地を売らない」という「竹富島憲章」を掲げて立ち向かい、撃退することができました。「土地を売らない」というように、住民の自立的な意思として近代的な土地所有のあり方を否定したのです。これは戦後民主主義を超えた新しいコモンズの思想の萌芽、と言われます。  土地を売るなんて、先祖に対しても子孫に対しても恥ずかしいことは出来ないという思いを明文化しただけなのに、今となってはそんなに大層なことだったのかという思いです。その精神を「町並み保存」という運動に移植し、独自のシマづくりを行ってきて、それが成功していると彼も評価したのでしょう。  赤瓦の家並み、白いサンゴ砂の道、黒いサンゴ石灰岩の石垣積み、なによりもそんな沖縄の原風景といえる集落の中で伝統的な祭り、手仕事が継承されていることが大事なのです。テーマパークや映画のセットではないのですから。  竹富島は国の指定・選定を8つも持っています。指定の年代順に述べますと、「国立公園」「種子取祭」「町並み保存」「伝統的産業品(ミンサー・上布)」「登録有形文化財(なごみの塔・西桟橋)」「登録有形民俗文化財(蒐集館)」「史跡(クースク盛)」というように。全国でも唯一で他に例がありません。こういったことが観光資源となって、今では人口360人ほどの島に、年間42万人もの観光客が訪れるようになりました。  特に町並みの美しさは他に比べようがなく これを「絶対的観光資源」という人もいます。比べようがないということは、競争する必要がないのです。木造だからきちんと修理して、変更する所はもっと良くしていけば年代の重さが光り、先祖への感謝の心が芽生えます。 …

『八重山毎日新聞』2007.10.14記事

/
種子取祭の時期は、星見石といった立石を用い、 天体の動きを観察して定めたり、 アラニシ(ミーニシともいう)という風や、 サシバの到来などの自然現象によって知ることができます。 これらの知らせと同時に、 島にまたうれしい知らせが届きました。 長年のまちなみ保存運動の取り組みとその成果が評価され、 このたび、竹富島まちなみ保存調整委員会が、 地域住宅計画推進協議会より、地域住宅計画賞を受賞しました。 このことについて、今朝の『八重山毎日新聞』に記事が 次のように掲載されています。 「竹富島まちなみ保存調整委員会(上勢頭同子委員長)は、住まいやまちづくりに関する優れた活動を表彰する地域住宅計画推進協議会の地域住宅計画賞を受賞した。  今月4日、富山市内で開かれた“地域住宅計画全国シンポジウム2007富山大会”(同協議会主催)で表彰式が行われた。  同委の上勢頭芳徳・元事務局長が12日午後、町役場で大盛武町長に受賞を報告し、“住民自らが地域を維持管理してきたことが評価されたと思う”と話した。」 …

『八重山毎日新聞』2007.10.12記事

/
今朝の『八重山毎日新聞』には、タナドゥイ(種子取祭)をひかえた、 東京竹富郷友会(富野芳江会長)の様子が、東京通信員の有田静人さんの 報告により、うかがうことができます。 今年は60人余りの奉納団を派遣するとのことで、 その取り組みに情熱を傾けていることが、 文面からひしひしと伝わってきます。 記事によると、23・24日の奉納芸能の日、郷友会のほか、郷土史研究家や 全国竹富島文化協会会員、独協大学の飯島ゼミ学生の皆様など、 大勢の来島がある見込み。                   (YI)    今年も種子取祭へ奉納団   ー東京竹富郷友会が60人余ー  長い歴史を誇る竹富島の一大行事「種子取祭」(国の重要無形文化財)に、今年も大挙参加する、東京竹富郷友会(富野芳江会長)は、23、24の両日催されるタナドゥイ(種子取祭)に60人余の奉納団を派遣する。  派遣は、1975年にさかのぼる。過疎化が進み、最も力を要する幕舎張りや飯初(イイヤチ)作りなどの労働力を補って島の文化を学び、会活動に役立てようと企画したのが始まり、今回で32回目を迎える。  1日現在で郷友の参加申し込みは60人。そのほか全国竹富文化協会員や郷土史研究家ら20人が申し込んでいる。また種子取祭の全容を見聞したいという問い合わせも殺到。2日目の奉納芸能までに130人余が島を訪れる見込みだ。  その労働力は私たちに任せて―と名乗るのが島の文化研究に情熱を注ぐ独協大学国際教学部教授飯島一彦さん(52)の飯島ゼミの学生ら22人。一行は、20日に竹富島入り、男性は幕舎張りや飯初作り。女性は集落内の清掃手伝いなど労働力を提供するほか、祭りの全容を見聞する。  飯島教授は「500年も続く国の重要無形文化財を干ばつや台風などの自然災害、過酷な条件の中で守り、どう継承してきたか、島民の思いと労働力、役割そして“うつぐみの心”を肌で感じてくれれば…」。2度目参加の田辺彩乃さんは「島人が祭りにかけるエネルギーと情熱に触れることができればうれしい」と話す。  富野団長は22日の夜、玻座間村や仲筋村のトゥヌイムトゥ(家元)を表敬訪問するほか舞踊部を訪れ激励する。 …

今朝の『琉球新報』「落ち穂」欄に注目。

/
今朝の『琉球新報』「落ち穂」欄に、 福田由美子さんが「竹富島」というタイトルの エッセイを寄せています。 竹富島のまちなみや、 竹富島で生まれた民謡「安里屋ユンタ」に触れながら、 竹富島を紹介しています。 福田さんは、 「今日も竹富島では三線の音色に合わせ、 水牛がのんびりと島を案内していることでしょう。 心なごむ島です。」と結んでいます。 民謡の主人公クヤマに自分を重ね、 島の歴史におもいを馳せた文章は、 ほのぼのとした気持ちになりました。 きっと読者も心なごんだことでしょう。 しかいと みーふぁいゆ。 (誠にありがとうございました。)               (YI) …

宇根東杜くん、少年の主張八重山地区大会で優秀賞!

/
竹富中学校3年生の宇根東杜くんが、 第22回少年の主張八重山地区大会にて 優秀賞を受賞しました。 おめでとう! タイトルは「生きる自信貯蓄中」! 内容については、2007年9月23日の『八重山毎日新聞』に掲載されています。 そこから竹富島の中学生の日々を垣間見ることができます。 つまり、人口の少ないなか、中学生一人一人にもスクブン(役割)があり、 それぞれがその責任を果しながら、島の行事や学校行事を、 運営しているというのです。 東杜くんは、それらひとつひとつの関わりを見つめ直し、 将来生きていく力に換えていくことを決意しています。      (YI) 生きる自信貯蓄中(竹富中学校3年 宇根東杜)  この4月、1人の転校生が僕たちの仲間入りをしました。 中学3年生で?受験もあるのに…それに都会からこんな田舎へ…そして、親元を離れてまで…僕は不思議に思っていました。  彼女はすぐに学校にも慣れ、みんなと親しく過ごすようになり、いろいろな行事にも生き生きと参加し、中学生7人全員で1学期を充実させてきました。  そんなある日、何げない会話から知った彼女の転校の理由は僕にとって驚きそのものでした。  「自分に自信が持てるようになりたいから」と言うのです。彼女は、竹富島を取材した父親に竹富島で暮らすことを薦められたそうです。「多くのことを学べるよ」と。  小学校のころはあまり心を動かされなかったものの、中学生になってただ何となく流されていく生活に疑問と焦りを感じ、中学3年での転校を決心したとのことでした。  「え?何それ?何を学ぶのこの島で。自信を持つって何だ?」僕はわけがわからず混乱していました。  この島で学べる多くのことって何だろう。この島にいる僕たちはそれを学んでいるのか。僕たちの毎日はとても平凡で普通なのになあ。  学校は小中合わせて34人、クラス替えもなく何をするのもずっと一緒。上下関係もあまりなく、言葉遣いも荒いし、うるさい。お互い刺激も少なく何となくなれあいで過ごしている。人数が少ない分、役割や仕事はめちゃくちゃ多い。スーパーもコンビニもない。  どうも僕に浮かんでくるのは愚痴に近いものばかりです。それを言うと、彼女から「みんな仲良しってことさ。それににぎやかで楽しいんじゃない。行事もみんな目立っているし」  「へぇーなるほどねぇ」そんなふうに考えるとちがう部分が見えてきました。  赤瓦の家に白砂の道。竹富島憲章や町並み保存で守られている夢のような島。人口も少なくほんとにみんなで協力しないと行事は成り立ちません。一人一人が大きな役割を担い、それぞれの責任を果たしています。それは他の大都市に比べると比較にならないほどの重さです。  学校でも同様です。授業のほかに行事がたくさんあります。楽しいものやきついもの。真夏の運動会、中学生リーダーとして小学1年生から全員をまとめ放課後の自主練習をこなしました。校内清掃も草との競争です。怠けることは許されません。  全員で部活動に励み、中体連にはバドミントン競技に参加。子ども会ではこぼし文庫活動。定期的な文化財の清掃、郷友会行事参加等数多くありました。  それらを僕は、何となくやっていました。「やらされていた」ともいえるし、先輩たちもみんなやってきたからやるのは当然だ。というのでやってきた気がします。特に意識することは全くありませんでした。  でも、それらを彼女は「むこうじゃありえないよ」とびっくりします。  生徒会活動や行事の集会進行も全員輪番制。司会、あいさつ、裏方とかかわります。いやだなどそれこそありえません。そんな普通のことが多くを学んでいることなんだとこの夏僕は気がついたのです。そうすると、これまでやってきたことがちょっと得意な気分になってきました。  これからも日本一忙しいといわれる僕たちを、学校で地域でたくさんの活動が待っています。  シュノーケリング体験、9月末に東京で行われるサンゴシンポジウム参加、島をあげての種子取祭と次々にやってきます。「むこうじゃありえない」行事に彼女がどう感動するのか楽しみです。そして僕自身も、新鮮な発見ができるようで、自分自身に期待しています。  毎日の生活を見つめ直し、ただ流されるだけでなく、自分がかかわっていることの意味、それが僕たちにどんな力になるのかを考えることで多くの学びができると思います。  そして、それは将来自信をもって生きていく自分を作るものとなるでしょう。  いつも前向きに、小さな感動と小さな喜びを大きな未来へつなげていきたいです。 …