沖縄タイムス2006.10.13
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島主体の発信で心つかむ --観光案内人の養成--
NPOたきどぅん理事長 上勢頭保
竹富島の重要な六つの御嶽をムーヤマ(六山)と呼ぶが、ムーヤマの由来は島立て伝説として語られている。それは、竹富島に渡来してきた六人の酋長が、それぞれの村を立てたと伝えている。のちに彼らは神格化され御嶽に祀られたのである。
この伝説は、「琉球国由来記」(一七一三年)にも記録されているが、竹富島では六人の酋長たちの具体的な姿も伝承として語り継がれている。そこには、土地の配分について、お互いのシクブン(役割)を尊重して協力しあい、平和的に解決しようとする姿勢をみることができる。いうなれば、竹富島の「うつぐみ(一致協力)」の心は、すでに島立てのころから始まっていたのである。
このような島立ては、神話のなかだけでなく、現在も行われるべきである。NPOたきどぅん(以下、NPO)では、島が主体となる観光による「島立て」を思うとき、文化遺産を管理現代に生かしていく方向性を、積極的に打ち出していくことを考えている。
それにはまず、島人ひとりひとりが、自分のシクブンを自覚し、島の文化遺産の発するメッセージを正しく伝えるインタープリターになる必要がある。そこで、インタープリターの養成を目的として、五月に「島立て学校」を開校した。これは「平成十八年度文化ボランティア推進モデル事業」として、NPOが文化庁の助成を受けて実施する事業である。
「インタープリター」という言葉は、時と場に応じて、「解説者」「案内人」「通訳者」「指導者」など、さまざまに解釈されている。島立て学校では、竹富島の文化遺産を改めて学び、それを他者へ伝える働きかけまでを、インタープリターの身につけるべき、技術として修得できるプログラムを設定した。
これまで、自然やまちなみがテーマの「有形文化遺産講座」、祭事や芸能、方言がテーマの「無形文化遺産講座」、インタープリターの基礎を学ぶ「インタープリター基礎講座」の三つを柱として、すでに九回の講座を終えている。
講師には西山徳明氏(九州大学教授)、狩俣恵一氏(沖縄国際大学教授)、古瀬浩史氏(自然教育研究センター)、上勢頭芳徳氏(喜宝院蒐集館)の先生方を迎えるほか、第七回「水についての井戸端会議」、第八回「竹富島の織物」では、受講生皆で、島のかつての生活に思いをはせながら、現状と課題を議論した。
とりわけ第七回の講座は、古井戸「アーラカー」の再活用への意識が高まり、さらには島の十七カ所の井戸をめぐる学習会の開催(八月十一日)へと波及したのである。
こようにインタープリターの養成という内発的な動きが、新たな世界を拓き、次世代への継承を確かなものとする。年間四十万人という観光客の増大に伴い、インタープリターの養成は急務であるが、確かな過程を経た、質の高い案内が、来島者の心をつかんで離さないことだろう。また、これが情報発信の源泉なのである。
(『沖縄タイムス』2006年10月13日)
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沖縄タイムス2006.9.12 掲載記事
景観と人の心に潤い
NPOたきどぅん理事長 上勢頭保
竹富島観光の現状を踏まえ、「NPOたきどぅん」設立の経緯とその必要性を、七月五日付本紙で紹介した。今回は、最近の活動状況と今後の在り方を展望してみたい。
竹富島は、自然・歴史・伝統といった、文化遺産を数多く継承してきた。NPOたきどぅんは、これらを観光資源と位置付け管理するとともに、まだ十分に生かされていない資源を活用することを目的としている。
現在、竹富島は年間四十万人を受け入れ、観光業が基幹産業となっている。著しい観光客の増加は観光業界全体から注目されると同時に、島に対する観光需要(ニーズ)の多様化が進んでいることも実感している。
しかし、多くの旅人が真に求めているのは、島固有の自然景観や暮らしなど、文化遺産との触れ合いではないだろうか。
NPOたきどぅんでは観光客がより深く島人の生活に触れることのできる、システムづくりに努めてきた。2005年度は、「観光ルネッサンス事業」として、国土交通省の助成を受け、町指定の文化財である前與那國屋(マイユヌンヤ)周辺を整備した。前與那國屋は東集落の屋敷で、現在のフーヤ(母屋)は1913年に建築されたことが、棟木に記された日付からうかがえる。
この伝統的な屋敷づくりは、ただ復元するのではなく、その周辺の環境も含めて整備する必要がある。それは「沖縄の原風景」を重層的に演出するためである。そのため、フーヤのみならずオーシ(豚小屋)を復元させ、同時にグック(石垣)を積み直し、庭には樹木や草花を植栽して、島の生活が体感できる環境を整えたのである。竹富島の誇る町並みは、現在も個々の文化遺産が複合した、重層的な空間をつくり出しているのである。
さらに、来訪者の便宜を図り、近くの屋敷に公衆トイレを新設した。また、沖縄県が「新万国津梁の時代」と称して、産業経済のグローバル化を進めるように、外国人誘客に配慮して、英語と中国語での案内標識を設置した。今後は前與那國屋を中心に、島の生活が体験できるようなプログラムの開発を行い、質の高い竹富島観光の実現を目指している。
そのほか荒廃の進む空き屋敷を整備して、それらを観光のサポート施設として活用していくことも、視野に入れて取り組んでいる。
近年、自転車による島内観光が盛況である一方、観光スポットの周辺に自転車を放置する傾向があり、観光客のマナーが問われている。その対応策として、本年度より竹富公民館所有の古井戸「アーラカー」とその周辺、および空き屋敷を整備し、駐輪所と休憩所を設置する計画を「フィリップモリス事業」として実施中である。これには古井戸に水くみポンプを設置して再活用する企画も含まれている。先人の掘った井戸はこれまで放置されたままであったが、それが景観や観光客に潤いをもたらすとなれば、有意義であるにちがいない。
『沖縄タイムス』2006.09.12
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沖縄タイムス2006.07.05「論壇」掲載記事
竹富観光でNPO活動--文化遺産管理に取り組む--
NPOたきどぅん理事長 上勢頭保
竹富島は、石西礁湖に浮かぶ八重山諸島の一つで、島全体が西表国立公園のなかに含まれている。周囲が約九キロメートルの小島だが、多くの文化遺産が、有形・無形の状態で保存・継承されている。
ここでいう文化遺産とは、国の伝統的建造物群である町並み、重要無形民俗文化財である種子取祭をはじめ、生活のなかから生まれた信仰や習慣、処世術などもこれに属している。これらは竹富島の歴史や民俗文化のメッセージが集約され、まちづくりに大きな影響力を持つ文化的な資源でもある。
現在、竹富島は年間四十万人を受け入れる観光地だが、文化遺産を観光資源として活用していくことを考えていく必要がある。それは観光客の著しい増加に伴い、その多様化するニーズに応じていかなければならないという、状況が生まれてきたからである。今、来島者それぞれが、竹富島の文化遺産を肌で感じ、充分に満足できることが、島に求められている。
このような状況のなか、文化遺産を管理し、島人の生活に生かしていこうという目的で、NPOたきどぅん(以下、NPO)を二〇〇二年十月に設立した。NPOは島が主体となる観光を目指し、文化遺産の管理に取り組んでいる。
NPOでは集落内を徒歩による観光に切り替えていこうと、新しい交通システムを考案したり、個人の希望に応じた島内散策のツアーを企画している。これまでに「竹富島のオン(御嶽)をめぐるツアー」「竹富島の古謡と歴史を訪ねるツアー」などを企画し実施してきた。
なかでも、「素足で感じる竹富島」ツアーは好評である。まちなみの風景のなか、白砂の道を歩き、民家の軒先でお年寄りとのユンタクを楽しむ。最後は喜宝院蒐集館で、館長から民俗資料の説明を受け、竹富島を体感していただくツアーである。
二〇〇五年度は、「地域観光振興事業(観光ルネッサンス事業)」として、国土交通省の助成を受け、町指定文化財である前與那國屋(マイユヌンヤ)の周辺の環境を整えた。二〇〇六年度は、文化遺産管理の一環として、五月二十日には「島立て学校」を開校した。これは「平成十八年度文化ボランティア推進モデル事業」として、NPOが文化庁の助成を受けて実施する事業である。竹富島の文化遺産の発するメッセージを正しく伝えるため、島人が島の歴史や民俗をあらためて学んでいこうという目的である。
このような取り組みを重ねていくことで、島は輝きを増すにちがいない。島人が文化遺産に対する認識を深めることが、質の高いガイドを養成することにつながってくる。NPOたきどぅんは、文化遺産を管理すると同時に、その価値をさらに磨き、竹富島を宝の島にしていく夢を抱いて活動している。
「論壇」『沖縄タイムス』2006.07.05
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