ミニ種子取祭
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島にゆかりのある人は、種子取祭前になると、
気持ちが高揚し、居ても立ってもいられなくなるものです。
先日12日には、種子取祭に向けた、東京竹富郷友会の熱の入った
取り組みを紹介しました。
今朝の『八重山毎日新聞』には、
「竹富島のお年寄りらミニ種子取祭楽しむ」と銘打たれた記事が
掲載されています。
島の先輩方が一足先に「ミニ種子取祭」を行ったとのことです。
「竹富地区のボランティアグループ“ほほえみの会”(高那末子会長)と地域の高齢者が参加する昼食会がこのほど、竹富島コミュニティーセンターで開かれ、30人近くが参加した。
国指定の重要無形民俗文化財“種子取祭”を前に、種子取祭で奉納される古謡を取り入れた“ミニ種子取祭”を行い、一足先に種子取気分を味わった。
昼食後は、インフルエンザについての講話もあり、症状や治療方法などについても説明を受けた。」
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『八重山毎日新聞』2007.10.14
『八重山毎日新聞』連載の「八重山の針路と選択」の第52回に、
上勢頭芳徳氏がこれまで町並み保存にかかわってきた立場から
寄稿しています。
八重山の針路と選択(52)
第3部まちづくり11
上勢頭芳徳
この数年、石垣島の変ぼうは傍から見ても、目を覆うほどのものがあります。さすがにこれではと本紙でも特別取材班を設けて、51回の連載がありました。そのうちの10回を竹富島の紹介に当てられたのは、まさに石垣島の現状に対するアンチテーゼとしてのことでしょう。もちろん竹富島とて完全な楽園であるはずはありません。いつもいつも問題を抱えながらも、先人たちはそれを「うつぐみ」と知恵で克服してきました。
シマで生きるには「悪いさたを残したら先祖にも子孫にも申し訳ない」という気持ちが働いたからです。今も島の浮沈にかかわる大きな問題を抱えています。そしういったことを踏まえて、これまで町並み保存かかわってきた立場から、特集で指摘されたことへの補足を述べたいと思います。
きわめて辛口のの報道人だった故・友寄英正さんは「竹富島の町並み保存は沖縄の住民運動の中で、人頭税廃止運動に次ぐ成功例だ」と言ってくれました。
復帰前後に吹き荒れた企業や個人による土地買い占めに、「土地を売らない」という「竹富島憲章」を掲げて立ち向かい、撃退することができました。「土地を売らない」というように、住民の自立的な意思として近代的な土地所有のあり方を否定したのです。これは戦後民主主義を超えた新しいコモンズの思想の萌芽、と言われます。
土地を売るなんて、先祖に対しても子孫に対しても恥ずかしいことは出来ないという思いを明文化しただけなのに、今となってはそんなに大層なことだったのかという思いです。その精神を「町並み保存」という運動に移植し、独自のシマづくりを行ってきて、それが成功していると彼も評価したのでしょう。
赤瓦の家並み、白いサンゴ砂の道、黒いサンゴ石灰岩の石垣積み、なによりもそんな沖縄の原風景といえる集落の中で伝統的な祭り、手仕事が継承されていることが大事なのです。テーマパークや映画のセットではないのですから。
竹富島は国の指定・選定を8つも持っています。指定の年代順に述べますと、「国立公園」「種子取祭」「町並み保存」「伝統的産業品(ミンサー・上布)」「登録有形文化財(なごみの塔・西桟橋)」「登録有形民俗文化財(蒐集館)」「史跡(クースク盛)」というように。全国でも唯一で他に例がありません。こういったことが観光資源となって、今では人口360人ほどの島に、年間42万人もの観光客が訪れるようになりました。
特に町並みの美しさは他に比べようがなく
これを「絶対的観光資源」という人もいます。比べようがないということは、競争する必要がないのです。木造だからきちんと修理して、変更する所はもっと良くしていけば年代の重さが光り、先祖への感謝の心が芽生えます。
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『八重山毎日新聞』2007.10.14記事
種子取祭の時期は、星見石といった立石を用い、
天体の動きを観察して定めたり、
アラニシ(ミーニシともいう)という風や、
サシバの到来などの自然現象によって知ることができます。
これらの知らせと同時に、
島にまたうれしい知らせが届きました。
長年のまちなみ保存運動の取り組みとその成果が評価され、
このたび、竹富島まちなみ保存調整委員会が、
地域住宅計画推進協議会より、地域住宅計画賞を受賞しました。
このことについて、今朝の『八重山毎日新聞』に記事が
次のように掲載されています。
「竹富島まちなみ保存調整委員会(上勢頭同子委員長)は、住まいやまちづくりに関する優れた活動を表彰する地域住宅計画推進協議会の地域住宅計画賞を受賞した。
今月4日、富山市内で開かれた“地域住宅計画全国シンポジウム2007富山大会”(同協議会主催)で表彰式が行われた。
同委の上勢頭芳徳・元事務局長が12日午後、町役場で大盛武町長に受賞を報告し、“住民自らが地域を維持管理してきたことが評価されたと思う”と話した。」
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『八重山毎日新聞』2007.10.12記事
今朝の『八重山毎日新聞』には、タナドゥイ(種子取祭)をひかえた、
東京竹富郷友会(富野芳江会長)の様子が、東京通信員の有田静人さんの
報告により、うかがうことができます。
今年は60人余りの奉納団を派遣するとのことで、
その取り組みに情熱を傾けていることが、
文面からひしひしと伝わってきます。
記事によると、23・24日の奉納芸能の日、郷友会のほか、郷土史研究家や
全国竹富島文化協会会員、独協大学の飯島ゼミ学生の皆様など、
大勢の来島がある見込み。 (YI)
今年も種子取祭へ奉納団
ー東京竹富郷友会が60人余ー
長い歴史を誇る竹富島の一大行事「種子取祭」(国の重要無形文化財)に、今年も大挙参加する、東京竹富郷友会(富野芳江会長)は、23、24の両日催されるタナドゥイ(種子取祭)に60人余の奉納団を派遣する。
派遣は、1975年にさかのぼる。過疎化が進み、最も力を要する幕舎張りや飯初(イイヤチ)作りなどの労働力を補って島の文化を学び、会活動に役立てようと企画したのが始まり、今回で32回目を迎える。
1日現在で郷友の参加申し込みは60人。そのほか全国竹富文化協会員や郷土史研究家ら20人が申し込んでいる。また種子取祭の全容を見聞したいという問い合わせも殺到。2日目の奉納芸能までに130人余が島を訪れる見込みだ。
その労働力は私たちに任せて―と名乗るのが島の文化研究に情熱を注ぐ独協大学国際教学部教授飯島一彦さん(52)の飯島ゼミの学生ら22人。一行は、20日に竹富島入り、男性は幕舎張りや飯初作り。女性は集落内の清掃手伝いなど労働力を提供するほか、祭りの全容を見聞する。
飯島教授は「500年も続く国の重要無形文化財を干ばつや台風などの自然災害、過酷な条件の中で守り、どう継承してきたか、島民の思いと労働力、役割そして“うつぐみの心”を肌で感じてくれれば…」。2度目参加の田辺彩乃さんは「島人が祭りにかけるエネルギーと情熱に触れることができればうれしい」と話す。
富野団長は22日の夜、玻座間村や仲筋村のトゥヌイムトゥ(家元)を表敬訪問するほか舞踊部を訪れ激励する。
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今朝の『琉球新報』「落ち穂」欄に注目。
今朝の『琉球新報』「落ち穂」欄に、
福田由美子さんが「竹富島」というタイトルの
エッセイを寄せています。
竹富島のまちなみや、
竹富島で生まれた民謡「安里屋ユンタ」に触れながら、
竹富島を紹介しています。
福田さんは、
「今日も竹富島では三線の音色に合わせ、
水牛がのんびりと島を案内していることでしょう。
心なごむ島です。」と結んでいます。
民謡の主人公クヤマに自分を重ね、
島の歴史におもいを馳せた文章は、
ほのぼのとした気持ちになりました。
きっと読者も心なごんだことでしょう。
しかいと みーふぁいゆ。
(誠にありがとうございました。) (YI)
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宇根東杜くん、少年の主張八重山地区大会で優秀賞!
竹富中学校3年生の宇根東杜くんが、
第22回少年の主張八重山地区大会にて
優秀賞を受賞しました。
おめでとう!
タイトルは「生きる自信貯蓄中」!
内容については、2007年9月23日の『八重山毎日新聞』に掲載されています。
そこから竹富島の中学生の日々を垣間見ることができます。
つまり、人口の少ないなか、中学生一人一人にもスクブン(役割)があり、
それぞれがその責任を果しながら、島の行事や学校行事を、
運営しているというのです。
東杜くんは、それらひとつひとつの関わりを見つめ直し、
将来生きていく力に換えていくことを決意しています。 (YI)
生きる自信貯蓄中(竹富中学校3年 宇根東杜)
この4月、1人の転校生が僕たちの仲間入りをしました。
中学3年生で?受験もあるのに…それに都会からこんな田舎へ…そして、親元を離れてまで…僕は不思議に思っていました。
彼女はすぐに学校にも慣れ、みんなと親しく過ごすようになり、いろいろな行事にも生き生きと参加し、中学生7人全員で1学期を充実させてきました。
そんなある日、何げない会話から知った彼女の転校の理由は僕にとって驚きそのものでした。
「自分に自信が持てるようになりたいから」と言うのです。彼女は、竹富島を取材した父親に竹富島で暮らすことを薦められたそうです。「多くのことを学べるよ」と。
小学校のころはあまり心を動かされなかったものの、中学生になってただ何となく流されていく生活に疑問と焦りを感じ、中学3年での転校を決心したとのことでした。
「え?何それ?何を学ぶのこの島で。自信を持つって何だ?」僕はわけがわからず混乱していました。
この島で学べる多くのことって何だろう。この島にいる僕たちはそれを学んでいるのか。僕たちの毎日はとても平凡で普通なのになあ。
学校は小中合わせて34人、クラス替えもなく何をするのもずっと一緒。上下関係もあまりなく、言葉遣いも荒いし、うるさい。お互い刺激も少なく何となくなれあいで過ごしている。人数が少ない分、役割や仕事はめちゃくちゃ多い。スーパーもコンビニもない。
どうも僕に浮かんでくるのは愚痴に近いものばかりです。それを言うと、彼女から「みんな仲良しってことさ。それににぎやかで楽しいんじゃない。行事もみんな目立っているし」
「へぇーなるほどねぇ」そんなふうに考えるとちがう部分が見えてきました。
赤瓦の家に白砂の道。竹富島憲章や町並み保存で守られている夢のような島。人口も少なくほんとにみんなで協力しないと行事は成り立ちません。一人一人が大きな役割を担い、それぞれの責任を果たしています。それは他の大都市に比べると比較にならないほどの重さです。
学校でも同様です。授業のほかに行事がたくさんあります。楽しいものやきついもの。真夏の運動会、中学生リーダーとして小学1年生から全員をまとめ放課後の自主練習をこなしました。校内清掃も草との競争です。怠けることは許されません。
全員で部活動に励み、中体連にはバドミントン競技に参加。子ども会ではこぼし文庫活動。定期的な文化財の清掃、郷友会行事参加等数多くありました。
それらを僕は、何となくやっていました。「やらされていた」ともいえるし、先輩たちもみんなやってきたからやるのは当然だ。というのでやってきた気がします。特に意識することは全くありませんでした。
でも、それらを彼女は「むこうじゃありえないよ」とびっくりします。
生徒会活動や行事の集会進行も全員輪番制。司会、あいさつ、裏方とかかわります。いやだなどそれこそありえません。そんな普通のことが多くを学んでいることなんだとこの夏僕は気がついたのです。そうすると、これまでやってきたことがちょっと得意な気分になってきました。
これからも日本一忙しいといわれる僕たちを、学校で地域でたくさんの活動が待っています。
シュノーケリング体験、9月末に東京で行われるサンゴシンポジウム参加、島をあげての種子取祭と次々にやってきます。「むこうじゃありえない」行事に彼女がどう感動するのか楽しみです。そして僕自身も、新鮮な発見ができるようで、自分自身に期待しています。
毎日の生活を見つめ直し、ただ流されるだけでなく、自分がかかわっていることの意味、それが僕たちにどんな力になるのかを考えることで多くの学びができると思います。
そして、それは将来自信をもって生きていく自分を作るものとなるでしょう。
いつも前向きに、小さな感動と小さな喜びを大きな未来へつなげていきたいです。
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平成19年度種子取祭日程(予定)
お問い合わせの多い今年の「種子取祭」の今年度の日取り
を掲載しますのでご参考下さい。
~種子取祭の日取り~
(10月17日~10月26日)
本年は、10月21日が「つちのえね」の日にあたり、その日に種を蒔く。
昔から、それより4日前の「きのえさる」の日から種子取祭の日程に入る
とされている。
1.10月17日(きのえさる)
トゥルッキと称し、祭の計画手配を行う。
玻座間、仲筋の両地区のホンジャ(長者)の前で
無事に奉納芸能が尽くせるようにとの祈願を行ない、
固い約束を交わします。
2.10月18日、19日、20日
種子取祭の諸準備。踊り、狂言の稽古などを行う。
3.10月21日(つちのえね)
早朝から幕舎張りなど奉納芸能の舞台つくりを行う。
各家では種まき。主婦はイイヤチ(飯初)作り。
公民館役員や神司は、揃って世持御獄、清明御獄、
根原家で種子取祭の願いを行なう。
神司は、その後それぞれの御獄での祈願に向かう。
4.10月22日(つちのとうし)
ンガソウジといって、前日に蒔かれた種がしっかり土につくように、
精進を尽くす日とされる。
家の主がブマー・ブナルンガン(姉や叔母のこと)
を招いてイイヤチ戴みの儀式などもある。
芸能の稽古の総仕上げの日。
午後8時から公民館役員、三郷友会長などがブドゥイドゥンや
狂言ドゥンを訪ねて挨拶し奉納芸能の激励をする。
5.10月23日(かのえとら)
バルヒルの願いの日、奉納余興初日。
午前6時
弥勒奉安殿には公民館役員、有志、三郷友会長などが弥勒興しの祈願。
玻座間御獄では神司たちの祈願。
その後、両者は世持御獄で合流し、バルヒルの願い、
イバン取りの儀式がある。
場所を奉納余興の舞台に移して、干鯛の儀式が行なわれる。
8時前
仲筋村の生盛主事宅へ参詣。
9時頃
世持御獄へもどる。
午前8時頃
全国竹富島文化協会主催の種子取祭に関する講話がまちなみ館
で行われる。
9時半頃
庭の芸能奉納。棒術、太鼓、マミドー、ジッチュ、マサカイ、
祝種子取、腕棒、馬乗者の順で行なわれる。
10時半頃
玻座間村の舞台の奉納芸能が行なわれる。
その順序は、玻座間長者、弥勒、鍛冶工、組頭、世持、世曳狂言など。
別途プログラムあり。曽我の夜襲で初日の芸能は終了する。
17時半頃
イバン戴みの儀式がある。それからユークイ(世乞い)
が始まる。ユークイ(世乞い)は、種子取祭を始めた根原カンドゥ
をまつる根原家から始まり、その後、三地区に別れてユークイが深夜
まで行なわれる。西地区は、玻座間長者家、神司の家、館長宅
それから各家々を回り最後は有田家。
東地区は、宇根家、与那国家、神司の家、主事宅、その後に各家々を
回り最後は宇根家。
仲筋村は、仲筋長者家、神司家、主事宅、その後に各家々を回る。
22時半頃
石垣への臨時便あり。
6.10月24日(かのとう)。
午前5時
三地区に別れていたユークイの一団は、根原家で一つになって
ユークイの留めを行なう。
5時半頃
世持御獄へ。イバンの返上を行ない、ユークイは総て終了。
2日目のムイムイの願い。幸本フシンガーラの願い日とされ、
それを祝して仲筋村のシドゥリャニが奉納される。
その後、前日同様の干鯛の儀式があり、
その後、東の大山主事宅へ参詣にあがる。
9時頃
世持御獄へもどる。9時半頃から、庭の奉納芸能(前日と同じ)がある。
10時半頃
仲筋村の舞台の奉納芸能が終日行なわれる。
別途奉納芸能プログラムがある。
仲筋村長者、弥勒、御主前狂言、種蒔い狂言、天人狂言などがあり、
最後は鬼捕り。
5時半頃、
芸能の奉納はすべて終了。
6時半頃
石垣行臨時船便あり。
執行部を中心に種子取祭首尾方の御礼
(世持御獄、弥勒奉安殿)がある。
7.10月25日(みずのえたつ)。
早朝から幕舎片付け。経理担当は、早朝から経理に当たる。
午前10時頃から竹富公民館にて公民館役員・有志と三郷友会
(石垣・沖縄・東京)との懇談会がある。支払い議会開催。
夜は全国竹富島文化協会の総会が開催される。
8.10月26日(みずのとみ)。
種子取祭ムヌンは現在、省略されている。
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『八重山毎日新聞』2007.9.13 掲載
現在ゆがふ館のテードゥンギャラリーで開催中の、
「酒井潮 初個展―LONG VACATION―」が好評です。
『八重山毎日新聞』(9/13)の「オーライ 172」欄でも、
大きく紹介されています。
これを読むと、あらためて酒井さんの人となりを知ることができ、
同時に作品の理解を助けてくれるかもしれません。
酒井さんは、流木や貝殻などを素材とした作品群を
「生まれこぼれた星クズ」たちにたとえています。
それらはギャラリーいっぱいにきらめき、
小宇宙を創出しています。
「酒井潮 初個展」は20日まで。(YI…
『八重山毎日新聞』2007.9.11 掲載記事
石垣島竹富郷友会が敬老会
会員の長寿を祝う
石垣竹富郷友会(大山剛会長)の第40回敬老会が9日午後、大川公民館で開かれた。
敬老会には73歳以上の会員やその家族など、多くの関係者が訪れ、長寿を祝った。
式典では106歳と101歳、97歳、88歳、85歳を迎えた会員に記念品と祝金を贈った。
85歳会員を代表して入迎里英能さんが「たくさんの人たちに祝ってもらい、うれしく思う。ただ長生きするのではなく、健康で長生きすることが幸せとなる。互いに老後に花を咲かせましょう。」とあいさつした。
式典後には祝賀会が開かれ、会員の家族や孫、青年部、宇根由基子舞踊研究所などによる余興が披露された。
大山会長は「先輩たちのおかげで、今の郷友会がある。これからも健康で子や孫、私たち後輩を指導してほしい」と話した。
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『八重山毎日新聞』2007.9.2 掲載
『八重山毎日新聞』連載の「八重山の針路と選択」では、
「竹富島編」が展開中です。
第51回は、本土からの移住者が話題になっています。
見出しのみを拾ってみました。
「本土出身者が人口の3割も」
「島の経済や祭り支える」
「伝統文化守れるか、不安も」
「島の住民の3割を占めるIターン者」
「地域への協力が採用条件」
「数の逆転への不安も」
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