訃報の話

内地にお住まいの皆様はどうやって知り合いの不幸や、お世話になった方が亡くなった事を知るのでしょうか?
知人を通じての電話やメール、今の時代ならSNSの情報ということも少なくないのでしょう。沖縄県では新聞に訃報の欄があり、いついつ、誰々さんが何歳で亡くなり、どこで何時からお別れができるのか、また、この人の身内にはこんな人がいますよという情報が載っています九十歳を超えるような長寿の方の時には、孫・ひ孫はもちろん、玄孫あたりまでずら~と掲載され、脈々と続く家系図を見るようです。
新聞のかなりのスペースをとってお知らせをすることに、他府県の方はびっくりするのだと聞きました。竹富島も例にもれず新聞掲載を行いますが、ここは離島。告別式やお通夜を石垣で行うことも多いので、新聞の情報を待っていたのでは遅いことがあります。
そこで竹富島での情報ツール、島内放送の出番です。島内放送は主に公民館長さんが行い、島の祭りの日程や行事のお知らせ、今日こんな事があるので来てね~という呼びかけが多いのですが、訃報も大事なお知らせの一つ。この放送で誰かが亡くなった事、何時から何処に行けば良いのか、お骨が何時の船で帰ってくるのか、そのお迎えの時間は大体何時頃なのか…等の大切な情報を得るのです。ですから公民館長さんは責任重大。放送のタイミングや音量に滑舌と気を付けなければならない事だらけです。
今でこそ各家々、かりゆし館にも防災無線が入り、感度良好!ですが、少し前までは風向きによって聞こえない家もあったそうで、本当に大変。新米公民館長の時などは島のお年寄りから「あんたの放送は聞こえん!」とクレームが来ることもしばしばだったとか。訃報に際し他の放送と違うのは、必ず「とぅばらまー」を流してからお知らせをするということ。なんとも物悲しい笛の音色が聞こえてくると、「あ、誰かが亡くなったんだ」と耳を澄ますのです。
ある時、お祝いの席で他の島からやってきた三線の名手が「とぅばらまー」を披露したいと申し出たことがありました。八重山を代表する抒情歌「とぅばらまー」と言えば、唄三線を極めようと志す人には最高峰の曲。それを歌うには高いスキルが必要で、三線はもちろん、歌においても相当な歌唱力や表現力がないと歌えません。それを人前で披露するというからには、それなりの自信もあったはず。そうそう生ではお目に…お耳にかかれないのです。しかし、竹富島では悲しいお知らせの曲として根付いてしまっている為、あえなく却下となったのでした。
(NPOたきどぅん会報Vol.66 かりゆし館のカウンターから見える景色~その12)