「竹富島東部宿泊計画経緯」

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 本日(12日)の八重山毎日新聞には、 町並み保存調整委員会元事務局長である、 上勢頭芳徳…

記念誌『なごみ』を発刊

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■40周年で石垣竹富郷友会が  記念誌『なごみ』を発刊  『八重山毎日新聞』2008.02.07  石垣竹富郷友会西会の野原裕佳会長と本仲勉編集委員長がこのほど八重山毎日新聞社を訪れ、昨年の創立40周年記念事業で作成した記念誌を寄贈した。  同会が作成した創立40周年記念誌「なごみ」は同会会員の寄稿や協力で、同会の活動や竹富島の歴史や移り変わりを250ページにまとめている。  記念誌は同会の編集委員会が中心となり7年前から取り組み、15周年の記念誌以来、実に25年振りに発刊した。  野原会長は「15周年記念誌以来、良いものを作りたいとこれまでの会長や会員が現在につなぎ、頑張ってきた。記念誌で郷友会を高めることができればうれしい」、本仲編集委員長は「インターネットの普及などで資料は充実したが、作成を終え会員に配布したあとに、貴重な資料が残っていると聞き、それを今回の記念誌にまとめることが出来なかったのが残念」と話した。 …

星砂の島文化講演会について

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今朝の『八重山毎日新聞』には、 9日に開かれる全国竹富島文化協会主催の 「星砂の島文化講演会」への誘い文が 掲載されています。 文章は全国竹富島文化協会理事長の高嶺方祐氏です。 ■「テードゥンムニの継承と昔話」の講演会へのお誘い  『八重山毎日新聞』2008.02.06  全国竹富島文化協会は、1996年に創立され、昨年は、10周年を記念して、浦添市てだこホールで「竹富島種子取祭の芸能公演」を行うとともに、東京で、国学院大学を会場に「星砂の島文化講演会」を開催しました。  これまで11回の講演会では、種子取祭芸能や町並みと経済、うつぐみ、西塘、衣食住の歴史などの講演やシンポジウムを竹富と那覇で行ってきましたが、今年からは東京でも恒例行事として開催することにしています。  今回の「星砂の島文化講演会」のテーマは、「テードゥンムニの継承と昔話」です。竹富島に限らず、沖縄の島々における「シマ言葉」の再生方法はないのか。それを考えるための講演会です。  講師は、立命館大学名誉教授の福田晃先生です。先生は、昭和50年と51年に、立命館大学、大谷女子大学、沖縄国際大学の院生と学生を募って、八重山の各シマジマに伝承されてきた民話(ムニンガタイ)の聴き取りを行い、伝承を終えようとした八重山の優れたムニンガタイの数々を記録に留めてあるそうです。  竹富島での聴き取りは、多くが故人となられていますが、前野長用、大山功、生盛康安、加治工政治、東盛弘介、与那国清介、大山貞雄、上勢頭亨さんたちからでした。  福田先生の講演の演題は「竹富島のムニンガタイ―その伝承の再生を期す―」です。40年余り前に録音した先輩方のムニンガタイを聞きながら竹富島の「口伝えの文化財」をいかに継承すべきかを皆さんと一緒に考えたいと思います。  福田先生は、今回の講演への抱負として、次のように述べておられます。「ムニンガタイの文化財としての意義は、口伝えによって継承されることにあり、真の伝承の意義はシマクチによって維持されることであるに違いない。ふるさとの文化は、ふるさとの言葉(シマクチ)に宿っている。ムニンガタイを通してシマクチの再生を期待したい」。  講演会は左記の通りです。文化協会員はもちろんですが、関心のある方多数参加されるようお誘いいたします。   日時○2月9日(土)午後6時30分   場所○竹富島まちなみ館    ※ 入場無料、終了後懇親会。      午後9時30分に石垣行き用船があります。 …

『八重山毎日新聞』2008.02.05掲載記事

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『八重山毎日新聞』2008.02.05掲載記事よりふたつ。 ■南北が輪になり交流  ―4年ぶり、旭川ウタリ協会が竹富へ―                       (竹富島通信員)  4年ぶりに旭川ウタリ協会文化交流団(川上団長ほか15人)か竹富島をこのほど訪れた。  午前10時過ぎに一行が竹富港に到着するころには日もさし、島民らがトンチャーマで迎えガーリを繰り返して歓迎した。一行はゆがふ館を見学し、学校では全員にムックリ(口琴)をプレゼントして指導した。  夜の芸能交流会には島民や観光客も大勢つめかけて、立ち見も出るほどの盛況だった。主催の全国竹富島文化協会の高嶺方祐理事長は「旭川まで3300キロメートル、気温はマイナス23度とプラス23度。距離感を温度差で体験して今回も良い南北交流が出来るように」と述べ、竹富島に伝わる「ザンヌユングトゥ」を披露した。アイヌ訪問団の川上団長は「4年前の竹富島の印象が良かったので人選に困った。アイヌとは人間という意味。お互い顔かたちを見ても全然違和感がない。旭川とも正式な姉妹校流を」とし、上間毅公民館長は「文明は滅んでも文化は滅びない。北と南の異文化は日本にとっても大切なこと。敬意をこめて心から歓迎したい」とそれぞれあいさつした。  竹富島からは種子取祭の狂言「世曳き」と3支会から各1点のにぎやかな芸能が出され、アイヌ側からは「あいさつの踊り」に始まり、楽器を持たず自然と共生してきた民族の、素朴な踊り10点が披露された。唯一の楽器といえるムックリは、哀調を帯びたなかに時に激しく響くと会場からは大きな拍手が起こっていた。近年手がけているという、アイヌの気持ちを共通語とギターでロック調に演奏する曲もあった。「色男の踊り」は前回大好評だった演目で、会場は爆笑に包まれていた。  たっぷりと楽しんだ後は全員で会場いっぱいに「イオマンテウポポ」の輪踊りと竹富島の「巻き踊り」、モーヤーと続き、南国にしては寒い夜を大いに盛り上がった。 ■石垣島キャンプ初のオフ日 ロッテナイン島内・離島観光楽しむ  千葉ロッテマリーンズ石垣島キャンプ練習オフの4日、選手たちは島内・離島観光やゴルフ、ショッピングなどで休日を満喫した。  そのうち大嶺祐太投手とともに竹富島を訪れ、水牛車に乗って集落内観光を楽しんだ。  竹富保育所には「V目指せ 日本一」の横断幕も飾られ、大嶺投手らの乗った水牛車が保育所に近づくと、子どもたちが「大嶺選手頑張れー!」と声援をかけた。  また3人を取材する多くの報道関係者も竹富島入りし、島を訪れていた観光客や島民らは「さすがプロ野球選手。こんなに多くのカメラマンが一緒についてくるなんてすごい。大嶺投手も立派になった」と話していた。  大嶺投手は「竹富島へは何度か来たことはあるが、水牛車に乗ったのは初めて。意外と早く動いて楽しかった。いいリフレッシュができたので、明日からの練習も頑張りたい」と笑顔を見せ、服部・下敷領両投手は「建物とかがすごく沖縄らしく、癒やされる感じがした」「よく旅行をするが、竹富島は初めてで楽しかった。また遊びにきたい」とそれぞれに感想を述べた。  ロッテ石垣島キャンプは5日から第2クールに入り、徐々に練習のレベルを上げていく。 …

第12回星砂の島文化講演会

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2月には全国竹富島文化協会主催の大きな行事が2つあります。 ひとつは「アイヌ文化交流の集い」、 もうひとつは「第12回星砂の島文化講演会」です。 「アイヌ文化交流の集い」は、 2月1日に、アイヌの19名一行が御来島し、 アイヌの芸能を披露してくださります。 もちろん、竹富島も芸能でこたえます。 歌や踊りを通じて、 アイヌ文化が体験できる交流会は、 楽しみですね。 「第12回星砂の島文化講演会」は、 講師に立命館大学名誉教授の福田晃先生をお迎えし、 お話をうかがいます。 演題は「竹富島のムニンガタイ」。 講演では今は故人となられた 島の先輩方のムニンガタイ(物語り)の録音を聞きながら、 口伝えの文化財の継承について、 みんなで考えてみるのが大きな目的。 それぞれ下記の通り開催します。 ■アイヌ文化交流の集い 日 時○2月1日(金) 午後7時30分~午後9時 場 所○まちなみ館 ■第12回星砂の島文化講演会 講 演○福田晃(立命館大学名誉教授) 「竹富島のムニンガタイ」 日 時○2月9日(土) 午後6時30分から 場 所○まちなみ館 お問合せは、�0980-85-2488(飯田)まで。    (YI)…

『八重山毎日新聞』2008.01.30

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■問われる「竹富島憲章」  『八重山毎日新聞』「社説」欄  ○島の人々に戸惑いと反発  島の人々が憲章を制定し懸命に守ってきたその昔ながらの集落形態が国の「町並み保存地区」の指定を受け、今では全国でも有数の観光地となっている竹富島が、リゾート開発計画に揺れている。去る21日の説明会では、島の住民たちから容認論の一方で、事前説明もないまま既に伐採も始まっているということで反発や戸惑い、懸念の声が上がったという。  それはそうだろう。竹富島憲章はいまから35、6年以前の本土復帰前後に相次いだ本土企業の進出、あるいは大型開発から島を守るために土地を「売らない」「汚さない」「乱さない」「壊さない」「生かす」の5項目を基本理念に制定され、人口300人余の小さな島は年間42万人余の観光客が訪れる全国的にも有名な観光地となっている。  それだけに、「リゾート開発されるとこの島はどうなるだろう」「これまで何のために30年余も懸命に町並みを守るためにがんばってきたのか」と島の人々が戸惑い、不安や反発を感じているのは確かだろう。そういう意味では「竹富島憲章」の意義と「町並み保存」のあり方が問われているといえよう。  ○赤瓦木造家屋50棟を建設  開発計画では島の東部の土地13ヘクタールに島の景観にあわせて宿泊施設として赤瓦屋根の木造家屋50棟のほか、レストランやプールなどのリゾート施設を建設。2010年の早い時期の開業を目指しているという。  同問題が島の人たちに戸惑いを与えているのは、その開発を計画している事業者が、これまで竹富島憲章の制定や町並み保存の中心となって尽くしてきた島の有力者ということだ。そしてその根底には復帰前に本土企業から買い戻した土地の所有権が、抵当権の問題で都内の企業に移るということがあり、そのためむしろ自らがリゾート開発したほうが島のために良いという思いで本土企業の支援を受けて計画したのかもしれない。  確かに土地の問題は無視できない島の問題だろうが、さらに大事なことは、このリゾート開発が町並み保存地区の竹富島にとって良い結果をもたらすのか、悪い結果となるのかということだろう。  その点は事業者側も、宿泊施設の家屋の高さを6、7メートルに制限、さらに棟ごとに石垣で囲み、集落内の民家と同じようにするなど最大限に配慮の考えを示している。また島内の民宿と競合しないよう宿泊料金を高めに設定し、民宿とは異なった客層をターゲットにするという。  しかしそれでも竹富島はやはり小さな島であり、沖縄の原風景があるということの小さな島の景観に、果たしてこのような大型リゾート施設がマッチするかどうか、あるいは似合うかどうかだろう。  ○原点はなんだったか  この問題はこれから竹富町も巻き込んでさらに島の内外で議論が行われるだろうし、その中から島の人々がどう判断するかだろうが、要は現在の町並み保存中心の観光で島の魅力は色あせてマンネリに陥り、年々観光客が減ってきているというなら、リゾート計画も十分に検討の余地はあるだろう  ところが竹富島の観光客は平成に入ってからだけ見ても、元年の8万6千人が毎年増え続け、16年の35万5千人が17年は41万6千人、18年は42万4千人にと40万人台に到達。島の観光は沖縄ブームにも乗って色あせるどころかますます好調を持続しているのである。  竹富島は長野県の妻籠宿をモデルにして憲章を作り、町並み保存に指定された。さらに岐阜県の白川郷も妻籠をモデルに世界遺産に登録された。そしていずれも大型開発を排除し「みんなで町並みを保存したから今の活性化がある」と大成功を収めた。妻籠は運動の原点を忘れないようにと憲章に「初心忘るべからず」を座右の銘として記している。  竹富島も当時は本土企業が対象だったが、開発から島の町並みを守るためが原点だった。今回の問題は島の行方を大きく左右するものだけに事業者、住民側とも十分な論議をすべきだろう。そこで留意すべきは「竹富島」というブランドは竹富島だけのものでないということだ。 ■お年寄りら6人参加 転倒予防教室開く  『八重山毎日新聞』第3面  軽い運動やストレッチを通じて、高齢者が転ぶのを防ごうという転倒予防教室「ぴんぴんクラブ」が今月から竹富島まちなみ館で開かれており、毎週水曜日、6人のお年寄りが参加している。  町社会福祉協議会が町からの委託で実施している介護予防事業の1つ。65歳以上で、運動機能に低下があるなど転倒を予防する必要のある在宅高齢者を対象に実施している。1月8日から3月12日まで合わせて10回の開催を計画している。  町社協では、竹富島以外の町内各地でも転倒予防教室を開催したい考え。 …

八重山毎日新聞1月28日付「不連続線」

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 1月28日の八重山毎日新聞の「不連続線」には、 竹富島がかつて危惧していた事態について掲載されています。 八重山の今後の行方を占う大きな示唆が含まれています。 (ta)  好調な観光や移住者の増加に伴う経済の活性化でこの数年、 本土資本に加えて外資系ファンドのホテル業の進出が目立って いるが、これがこれからの八重山経済、観光産業にどのような 影響を与えるかが注目されている。  外資が参入しているのは、クラブメットのほか日航、全日空、 石垣グランド(チサン)、軽井沢、フサキリゾートなど、市内 の主要ホテルは一部を除きほとんどがそうだ。  投資ファンドは投資家からお金を集めて運用。その利益を 投資家に分配する組織であるため、当然企業は金を生み出す 機械以外の何物でもなく、その利益を得るために投資している という考え方があるためだ。  これらは株主らの利益も無論求めるが、一方で社員の待遇や 福利厚生、企業の社会的責任も果たすという日本型企業観とは 明らかに異なるものだ。  それだけにその利益を追求するあまり、人員や賃金はさらに 安く抑えられ、その結果社員らの労働意欲は低下してサービス がおろそかになり、八重山観光へのマイナス面も懸念されてい る。  特に八重山は小さな島経済だけに、こうした一部からはハゲ タカとも酷評される企業形態の影響が気になるが、地元経済界 はこのまま本土資本や外資の大きな波に飲まれ、この先どう変 わっていくのだろうか。 (上地義男) …

話題ふたつ

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本日の『八重山毎日新聞』では、 「不連続線」欄において、 竹富島東部宿泊施設の計画について 仲間清隆氏の見解が述べられております。 もうひとつは第3面に、 25日竹富小中学校で開催された、 食育講演会の様子が、 竹富通信員によりレポートされています。(YI) ■仲間清隆「不連続線」欄 『八重山毎日新聞』2008.01.27 竹富土地保有機構代表取締役星野佳路氏?あれっどこかで見覚えのある名前。そうだ、NHKの番組プロフェッショナルへ登場した会社再建・経営の若手スペシャリスト星野リゾートの代表者ではないか。 リゾートの達人を目ざし、言うは易く行うは難しの「顧客満足と環境重視」を柱にした経営でブームに浮かれ破綻したリゾートの再建に成功、数々の実績をあげ一目置かれている旬の人。 しかし竹富島では、これまで手がけた既設リゾートや旅館の再建策とは異なりいきおい開発から始まる。木々を切り土を掘る盛るなど島の形を変えてしまう。島は、国の町並み保存地区であり面積も狭く周囲はリーフ豊かな美しい海。 リゾート開発や運営で将来島の環境に大きな負荷をかけるようでは元も子もない。次の説明会では、予測される環境問題の全てを開示してほしい。 施設も島の集落を模した景観で新しい村をつくるとの考えのようだが客のプライバシーの手前、既存の村のようにオープンにはできないだろう。擬似村の外側にもうひとつ壁ができてしまうのかも気になる。 ともあれ住民が計画を容認または断固反対するにしても利害得失抜きの慎重討議を切に願う。竹富島で可能なことは、他の島々では赤子の手をひねるより簡単だからだ。 ■竹富小中校で食育講演 食の大切さ学ぶ(竹富通信員) 『八重山毎日新聞』2008.01.27 竹富小中学校(石垣安志校長)は25日、 「食の大切さを考えよう」のテーマで食育講演会を開いた。 これは竹富校保険安全委員会活動の一環。体育館には全児童生徒と保護者が多数集まった。 国仲ことみ学校栄養士が「腹で食べたら食べ過ぎる。口で食べたら好き嫌いで偏る。健康のためには栄養バランスを考えて規則正しく食べる習慣を早くから身につけよう」と話した。 また金城えみ子養護士が「早寝、早起き、朝ごはんと言われるが、アンケートの結果、竹富は大丈夫。食への感謝の心を忘れずに、食べ物を大切に、正しい食習慣を」と締めくくった。 外山久太郎医師は「食には人に良いと書く。見も心も頭も健康になるためには食を選ぶ能力を身につけないといけない」とし、石垣校長は「アンケートで子どもたちの実態も把握できた。食育をさらに進めて改善を図りたい」と話した。 講演の後はランチルームで親子給食会。この日のメニューはご飯、いなむどぅち、麩ちゃんぷるー、牛乳、りんご。国仲栄養士が講演の続きを実地に説明し、テーブルごとに和気あいあいと楽しい給食風景だった。  感想を聞かれて宇根勝末さんは「6年ぶりの給食をおいしくいただいた。いなむどぅちは行事のふるまいで特別の料理と思っていたのでうれしかった。」、西盛浪代さんは「子どものころは調理場から教室へ運んでの給食だったが、今はみんなと一緒に大勢でもっと楽しい。給食を作っている姉さんが上手に作ってくれてありがとう」と話していた。 …

八重山毎日駅伝競走大会、竹富2年連続準V!

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第33回八重山毎日駅伝競走大会。 20日、市営陸上競技場を発着点にして、 石垣島を東まわりに1周する、 16区間76.1キロメートルのコースで行われました。 今大会はこれまでの最多19チームが出場。 選手たちは各字の名誉と期待を背負って タスキをつなぎます。 前半はめまぐるしく順位が変動し、 竹富チームは前半6位。 後半は与那国チームの独走態勢に。 竹富チームは11区の久保田文さん、 13区の中村英行さん、14区の藤井幸吉さんが 区間1位の走りで盛り上げ、 総合2位でゴール。 選手の皆さん、応援にかけつけてくださった皆さん、 ありがとうございました。 そして、おつかれさまでした。 来年こそ優勝旗を竹富島に! 本日の『八重山毎日新聞』には 女子最優秀選手として久保田文選手、 親子3人出場として仲村渠家が 採りあげられています。         (YI) 『八重山毎日新聞』2008.01.21より ■女子最優秀久保田文選手 -43歳、区間賞の快走- 6回連続出場で11区(一般女子1.6キロ)を走った。 区間賞の走りで4位から2位に順位を上げ、チームの総合2位に大きく貢献した。 「賞をもらえると思わなかった。年齢のおかげかな」と笑う。43歳。中高時代に陸上経験はあるが、それ以降、20年前に竹富島に移住するまでは陸上から離れていたが、「環境が良いのでまた始めることができた」という。 「総合2位はみんなで出した結果。来年は優勝です」ときっぱり。「来年もまた出場できるように頑張りたい」と意欲を燃やす。 ■竹富の仲村渠さん一家親子3人出場、 「次は優勝」 竹富から親子で出場した仲村渠隆雄さん(46)と昌彰君(14)、莉紗さん(13)の3人。 父親の隆雄さんは「陸上競技を続けていて、まさか親子で駅伝競走大会に出場できるとは思っていなかったので、とてもうれしい思い出になった。今後は親子でたすきリレーができるよう、明日からまた練習に取り組みたい」、昌彰君は「とても楽しかった。来年も親子で出場して次こそは優勝を目指したい」、莉紗さんは「初めての出場で緊張したけど、走り出したらドキドキして気持ちよかった。また出場したい」とそれぞれ笑顔を見せた。 …

新春随想

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本日の『八重山毎日新聞』に、 佐野滋氏が「新春随想」として 「竹富島の新年を歩く」という、 味わいのある文章を寄せています。              (YI) 佐野滋「竹富島の新年を歩く」 『八重山毎日新聞』20058.01.20  「正月三が日は暖かい竹富島で過ごそう」と決めて、今年も島にやって来ました。5年続けて八重山での迎春です。元旦と2日は曇天、北風が吹いて肌寒いちょっと期待はずれの天候になりましたが、島を歩くと思わぬ新しい発見もあり、心豊かな新年を過ごすことが出来ました。  代表的な沖縄民謡として全国の人々にも親しまれている安里屋ユンタが生まれるきっかけとなった美女クヤマの墓はどこにあるのか、まず尋ねてみることにしました。西桟橋から北へ磯づたいにしばらく歩いて砂浜から坂をちょっと上ったところに、ひっそりとその墓はありました。  墓の前にある石碑には、伝説のように今日に伝えられている島の美女クヤマと役人にまつわる物語の解説があります。島の町並みにあるクヤマ生誕の地はこれまでに幾度となく訪れていますが、墓を見るのははじめてのことです。墓の前で竹富島の昔にさまざまな思いをめぐらしていると、三線が奏でるあのユンタの調べが心によみがえって来ました。  竹富島の西の浜辺をゆっくりと歩くと珍しい光景に出会います。浜にはいろいろな樹木や植物が群生し、それらが防風、防潮の役目を果たしていますが、よくみるとからみあった樹木の根元が押し寄せる波に洗われてむき出しになり、まるで前衛美術のオブジェのようにいくつも立ちならんでいます。浜辺はさながら自然がつくり出す作品を展示する美術館のようです。  3日は日差しがもどり、少し歩くと汗ばむほどの陽気になりました。夕暮れ近く、コンドイ浜で見つけたゆうなの花は、ひっそりとつつましやかに優雅な姿を見せていました。  その黄色の花が夕日をうけてあかね色に染まる色彩の変化の美しさも、また自然の美術館にふさわしいものです。  コンドイ浜と西桟橋のちょうど真ん中あたりにニーラン神石(かんとぅい)があります。ニライカナイから神様をお迎えする場所ですが、ふと見るとくちばしの長い白い鳥がこの神石のすぐ近くの磯で小さな魚をくわえているのが目にとまりました。新年早々この光景を目にして、新しい年への期待…今年は何だか豊漁の年になるのではないかという予感が脳裏をよぎりました。  島に来るといつも「歩く竹富島」を実行しています。しんねんから路傍の草むらに蝶々が舞う竹富島、歩いていると何か心がはずんでくるような気分になります。一日中、町並みの道と浜辺を歩き回った後、歩数計は何と2万6000歩を記録していました。そして新年の3日間では実に合計7万歩以上島を歩いたことになります。今年も新春の竹富島で心身ともに生命の力をちきこまれ、豊かな新しい年の幕開きとなりました。  安里屋のクヤマの墓をたずね来て  島の昔を偲ぶ新春  コンドイの浜は自然の美術館  ヒルギの根元オブジェと紛う  夕暮れの西の浜辺に佇めば  黄色のゆうな茜に染まる                                                                      豊漁の年の予兆か白き鳥  神石に来て雑漁くわえおり  新年に蝶が飛び交う島の道  はずむ心の2万6千歩  八重山の生命力みなぎる島に来て  新春を迎えり心豊かに …