オンツアー3のご報告

『竹富島のオン(御嶽)をめぐる~その3・西塘編』通称「オンツアー3」のご報告です。
当日の予報は雨。実際、朝方はけっこう降っていましたが、参加者の皆さんが集まる頃には雨もあがり、日が差してきました。
今回は「あさいやチーム」と「もうてぃやチーム」に分かれて、一つのコースを逆からめぐりました。
オヤケ赤蜂の反乱の際に、その鎮圧のために来島した王府軍の総大将、大里親方に認められ、西塘は首里に渡りました。
それから園比屋武御嶽の石門を築造し、八重山統治を命ぜられ竹富島に戻って皆冶原に蔵元を創立しました。その後、利便性を考えて蔵元を石垣島へ移してからも、首里城の城壁工事に携わるなど、多くの業績を残しました。

〔↑蔵元跡にて〕

〔↑園比屋武御嶽の神様を首里より勧請して創立した国仲御嶽〕

〔↑西塘御嶽〕
西塘はその輝かしい業績から、竹富島の偉人として、島守り・政治の神様として祀られています。しかし、私生活に関しては、謎が多く、生家や両親、妻子のこともはっきりとせず、さまざまな憶測が飛び交っています。

〔↑西塘の妻(母?)が海に流されて消息不明だった息子の無事を祈ったシムザーシ御嶽〕

〔↑西塘の妾(母?)の墓とされる、坊主墓〕

〔↑ミシャシ(美崎)ではあっぱー石のゆんぐとぅが講師より披露されました!〕
そうした多くの見解なども交えながら、オン以外の場所もコースに含んだり、西塘にまつわる古謡を聞いたりと、盛りだくさんの観察会となりました。
参加してくださった皆さん、ありがとうございました!

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