竹富島ゆがふ館アーカイブ上映会「雄勝~法印神楽の復興~」上映会を共催します。
今年は、東日本大震災から5年が経過する節目の年です。
この節目にあたり、3月11日に竹富島ゆがふ館でアーカイブ上映会
「雄勝 ~法印神楽の復興~」を開催いたします。
今回は竹富島ゆがふ館だけでの上映ではなく、
島民をはじめ多くの方々に映像をご覧いただきたいと考え、
地縁団体法人竹富公民館、竹富町立竹富小中学校と連携して
昼の部も開催いたします。
宮城県石巻市雄勝町の国指定重要無形民俗文化財
「雄勝法印神楽」(おがつほういんかぐら)。
震災の復興のシンボルとして、
雄勝町の人々が目指したのは、祭の復活でした。
自らの暮らしもままならないなか、なぜ人々は祭の復活を求めたのか。
手塚眞監督が丹念に手掛けた60分の映像です。
今回は公益社団法人日本ユネスコ協会連盟から映像をご提供いただき、
島を挙げて上映会を開催いたします。
3月11日に竹富島へお越しの折には、
ぜひとも足をお運びくださいませ。
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竹富島ゆがふ館アーカイブ上映会
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竹富島の医療事情
種子取祭(タナドゥイ)の疲れも取れ、
ようやく日々の暮らしが訪れたと思いきや、時は既に師走。
年末の慌ただしさも実感する竹富島の日々ですが、
昨晩は、
竹富町立竹富診療所主催による、
「竹富島の医療事情」が開催されました。
今春より竹富診療所長に就かれている
石橋興介医師ならびに石垣島かりゆし病院の副院長で、
全国の離島や遠隔地の救急医療に従事されている
田中誠医師が竹富島の医療事情と題し、島民の医療事情や、
観光地としての竹富島の医療体制について話してくださいました。
50名を超える島民が集い、関心の高さが窺えます。
石橋医師からは、メタボリックシンドロームがもたらす健康障害について。
田中医師からは、心筋梗塞や脳卒中の患者が発生した際の救急体制や予防について。
を詳しくご説明いただきました。
ブログではあまり触れたくないのですが、
島民のメタボ率の高さには恐怖すら感じます・・・。
竹富島は「長寿の島」としても知られていますが、
石橋先生と田中先生からは、
病院や医師の努力ばかりか個人個人が努力し、
「長寿の島」のネーミングに恥じぬよう、
竹富町立竹富診療所、竹富町消防団竹富分団と連携しながら、
島民の素晴らしい暮らしぶり、
訪れる方々の医療体制をみんなで守っていきましょう。
と激励のお言葉をいただきました。
ある意味で大変怖い話でしたが、参考になる講話でした。
石橋先生、田中先生をはじめ、
竹富診療所、石垣島かりゆし病院、竹富町健康づくり課の皆さま。
ありがとうございました。
(ta)
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台風13号の襲来
7日から8日未明にかけて八重山地方を通過した
大型で強い台風13号は、家屋倒壊やけが人などの甚大な被害はなかったものの、
久しぶりの強い台風襲来とあり、集内に様々な爪あとを残していきました。
倒された国仲御嶽前のフクギ
崩れたグック(東集落)
高潮によりおびただしいほどの海藻が打ち上げられたコンドイ浜
7日から8日の深夜にかけて強い風と降雨に見舞われ、
打ち付ける強い風と家屋の雨漏りでなかなか眠れなかった
島民もおられることでしょう。
本日の定期船は2便(石垣島8時発)から通常に運行しており、
日常生活が戻りつつありますが、
島内の至るところで台風後の片づけを行っています。
(ta)…
豊年祭
竹富島の豊年祭が8/4~5、二日間にわたって…
デイゴ樹幹注入
7/29デイゴの樹幹注入を行いました。
台風で…
第223回竹富島民具づくり教室
台風9号来襲に伴い、
急遽6日に番外編としてタコノキを収穫した民具づくり教室のメンバー。
今回の教室では、干したタコノキをサンビキと呼ばれる
道具を使って鞣(なめ)す作業を行いました。
残念ながら今回の参加者は2名。
しかし鞣す作業だけなので、ゆんたく(おしゃべり)に花が咲きます。
講師の松竹昇助さんの、由布島へ通耕していたころの話や、
夕刻のコンドイ浜で泳ぐ楽しさなどなど。
しかし、しっかりと手は動いていました。
参加できなかったメンバーの分まで仕上げきれなかったので、
これらはお届け。
次回の講座までに鞣す作業を進めてもらい、
ヤミカゴづくりに入ります。
(ta)…
東京竹富郷友会創立90周年記念公演にあたって
竹富島では昨晩、
6月7日に開催される東京竹富郷友会創立90周年記念公演に提供する芸能の総稽古が行なわれました。
郷友会(きょうゆうかい)組織とは、故郷を離れた島の出身者が集い、
親睦を図りながら故郷を支えて行こうという趣旨のもとに活動する親睦団体です。
竹富島では、東京・沖縄・石垣の3郷友会が組織されており、
その中でも東京竹富郷友会は最も歴史が古く、大正14年に設立しています。
この3つの郷友会は、様々なところで島をバックアップしてきました。
郷友会の中で長男と位置づけられる
石垣郷友会は、親島から近いがゆえに物資・人的面で島を支え、
特に種子取祭の奉納芸能における貢献は枚挙に暇がありません。
二男にあたる沖縄郷友会は、県庁所在地である那覇市を中心とし、
県内でのPRを欠かしませんでした。
特に山城善三先生に代表される、県行政を通じての竹富島への貢献は計り知れないものがあります。
三男の位置である東京郷友会は、様々な情報の発信地である東京という位置を利用して、
内盛唯夫氏を中心として様々な竹富島のPRを行ってきました。
民俗学者の柳田国男や芸術家の岡本太郎、
そして本田安次や岡部伊都子をはじめとする著述家と繋がることにより、
竹富島の工芸品や伝統文化、ひいては風習・習慣を紹介したのです。
昭和51年の「種子取祭の芸能」として東京国立劇場公演の際は、
竹富から上京した芸能団を手厚く迎え、公演を大成功に導く裏方の役割を果たしています。
また、あまり知られていませんが、
東京郷友会の最大の功績は、本土資本の土地買収が進む昭和50年代に、
郷友会で費用を捻出してその企業の実態を調査し、
島に情報を提供し買収を阻止するよう警告しています。
こうした各郷友会の活動の積み重ねが、現在の竹富島を育んだともいえます。
東京竹富郷友会60周年記念誌『たけとみ』(昭和60年発行)より
現沖縄国際大学副学長の狩俣恵一氏は、
20年前(平成8年)に発刊した東京郷友会創立70周年記念誌「たけとみ」において、
郷友会活動についてこう記しています。
「私たち郷友会員は、竹富島という島社会の複雑な人間関係、
プライバシーのほとんどない生活、寄付の頻度が多くても文句を言わずに応えようとする自分、
自分の意見がはっきり言えない「横並びのうつぐみ」、過疎化による島の衰退、
高齢化による郷友会の衰退など、竹富島出身者の苦悩をすべて抱えている。
しかも私たちの竹富島での生活は、わずか十数年以内に過ぎない。
それにも拘わらず、私たちは竹富島に拘りすぎている。
私たちが竹富島や郷友会に対し、様々な不満や不安があろうとも、
竹富島には私たちを捕えて離さない魅力がある。
その魅力の源泉は、竹富島の精神世界であり、伝統文化であることをお互いに自覚したい。
≪中略≫
私は思う。
経済中心の近代化政策を進め、すっかり疲れ果てた日本社会は、
いまこそ郷友会を母体にしたような地方社会の文化活動を必要としているのだ、と。
私は郷友会に対し、まだまだ希望がある。夢もたくさんある。
私たちが我が竹富島を中心にして、自分たちの出来る文化活動を展開することは、
日本社会の未来に対しても希望を与えるものである。
私たちは郷友会に対し、これからも希望を抱き続けるとともに、郷友会の活動を文化中心へと転換すべきだと思う。」
東京郷友会をはじめ、各郷友会の活動メンバーが2世・3世へとシフトしてきましたが、狩俣恵一氏の70周年記念誌における提言は、色あせることなく今も生き続けています。
(ta)…
駐輪場の清掃
ゴールデンウィーク前の恒例となった、
レンタサイクル事業者とともに行う集落内の駐輪場の清掃。
仕事もひと段落ついた昨夕実施いたしました!
今回ご協力いただいたのは、
丸八レンタサイクル
友利レンタサイクル
レンタサイクル竹富
嶺本レンタサイクル
レンタサイクルぽち
新田観光
竹富観光センター
以上7事業者のスタッフのみなさま。
おかげさまできれいな駐輪場となりました。
訪れる方々も快適にご利用いただけることでしょう。
シカイト ミーハイユー
(ta)…
写真家 大塚勝久さんが撮る まんだらー祝い
先日 竹富島で行われたまんだらー祝い。
97歳のお祝いは島をあげての大きなお祝い。
大塚勝久さんだからこそ撮れる写真がたくさん見れます。
→ http://shokyu-otsuka.com/blog-01.html
長年島に携わってきた、勝久さんのカメラにおくられる島の人たちの笑顔がた~~くさん♪
平成27年 元旦
あけましておめでとうございます。
今年も何卒、よろしくお願いします。
かりゆし館、ゆがふ館は元旦も開館しております。
是非足をお運びください。
かりゆし館には、新年恒例のアレがあります。
お楽しみに!
NPOたきどぅん…