7/18付八重山毎日新聞社説

7月18日の八重山毎日新聞の社説には、
去る6月28日に国立劇場おきなわにて上演された
「竹富島の種子取祭・玻座間村の芸能」について
の論評が掲載されています。
まさに“的を得た”内容で、竹富島における
種子取祭のあり方について述べられています。
昭和51年の東京国立劇場における
「竹富島の種子取祭」は、現在とは異なり東京へ
赴く事の大変だった時代、奉納芸能を初めて島外にて
行うことの喧々諤々の論議、そして公演の大成功と同時に
出演者、観客ともども多くの人々の心を掴んだこと。
今だに東京の国立劇場公演は、多くの島民に語り継がれています。
今回の国立劇場おきなわでの公演は、東京公演ほどの
大きな衝撃はないとは思われますが、出演された方々は、
所用で公演に出演できなかった方々の想いを背負って立ち、
“島を代表して舞台に立った”
という大きな誇りを授かったに違いありません。
(た)


地に足の着いた継承
― 国立劇場おきなわで竹富島の種子取祭 ―
 五穀豊穣を祈る竹富島の祭
 去る6月28日(日)に、国立劇場おきなわ大ホールで、
民俗芸能公演「竹富島の種子取祭 玻座間村の芸能」が
上演され、多くの観客に感動を与えたことは、本紙7月5日
の「勇壮な舞台公演で観客魅了」で読報の通りだ。
 これまで、国立劇場で行われた八重山関係の民俗芸能公演
は、2004年11月の「石垣市登野城の芸能」、2007年2月の
「与那国島の祭事の芸能」、2008年5月の「小浜島の芸能」が
あり、いずれも内容、観客数とも充実した公演であった。
 今回の国立劇場おきなわ公演は、玻座間村民俗芸能保存会の
あいのた会、いんのた会が出演し、第1部「庭の芸能」、第2部
「舞台の芸能」、第3部「世乞い」の三部構成で演じられた。
 主な演目は、棒、「ジッチュ」「馬乗者」などの庭の芸能、
狂言「ホンジャー」「鍛冶工」、舞踊「しきた盆」「安里屋」
「故蝶の舞」などの舞台芸能および「道歌、巻歌、ガーリ」
など17演目である。幕間には、竹富島出身で沖縄国際大学の
狩俣恵一教授による軽妙洒脱(しゃだつ)な解説が観客を沸かせた。
 2日間にわたって70あまりの演目を演じる本場の種子取祭には
及ぶべくもないが、沖縄本島ではなかなか観ることのできない躍動感
溢れた素朴な芸能の数々に盛んな拍手が送られ、八重山芸能の奥深さ
を強く印象づけた。
 竹富島の種子取祭は旧暦9月か10月の甲申(きのえさる)の日から
甲午(きのえうま)の日まで10日間の行われる島最大の祭事である。
本来、神々への畏敬の念、今年の五穀豊饒に感謝し、来夏世
(くなつゆ)の稔りを祈願することが祭りの大きな意義であるため、
祭事の一部とはいえ、島外でしかも劇場の舞台上で演じることに
大きなためらいがあったことを、公演パンフレット解説の中で
狩俣教授が率直に述べておられる。
 島の外で公演することの意義
 島々村々の祭りや芸能を観るために、関心のある全ての人々が
現地へおもむくことは不可能である。沖縄本島や東京など島外に
住む数多くの出身者、愛好者、研究者にとって島の土や潮の香り、
そよぐ風を運んでくれる芸能がどれほど喜びをもたらすことか、
会場の生き生きとした雰囲気が伝えてくれた。
 地に足着いた継承を
 竹富島の種子取祭は、1976年6月に東京の国立劇場小ホールで
上演され大きな反響を呼び、翌77年には国指定重要無形民俗文化財
に指定され今日に至っている。
 人口350人余の小さな島で、これほどスケールが大きく質の高い
伝統芸能が育まれ継承されていることは誠に不思議であるし、
驚嘆すべきことである。
 踊り手や地方(じかた)の技量の高さ、演目の内容の濃さに、
感銘を受けたとの声が多く寄せられたのも当然のことであろう。
関係者の熱意ある取り組みに敬意を表するとともに、今後とも
地に足の着いた継承に努力していただきたい。
 竹富島は、県内有数の観光地であり、600年の伝統を誇る
種子取祭も、観光資源として巧みに活用している。そのことは
決して悪いことではなく、むしろ意識的に観光資源としても
伝統行事を活用しつつ、しっかりと伝承して島の活性化につなげて
いけば良いのではないか。八重山の他の地域に加え、沖縄本島
の芸能や本土系列の芸能を弾力的に取り入れながら長い間受け継が
れてきた種子取祭である。
 無論、私たちの先達が人頭税の苦難の歴史の中で、神々への畏敬
の念を抱き、五穀の豊穣と世果報の到来を切に願って歌や踊りを
捧げてきた精神を忘れてはいけない。種子取祭が、今後も伝統を
守るかたくなさを失わず、かつ時代に応じた柔軟さをあわせ持つ
祭事として継承されることを期待する。