第19回島立て学校

 昨晩は竹富島まちなみ館にて
第19回島立て学校が開催されました!

 今回の島立て学校は2部構成。
 第1部ではテーマは『民藝の島、竹富島』と題し、
1957(昭和32)年に民芸運動家の外村吉之介氏が
訪れた頃の竹富島を振り返りました。
 第2部では織物に関わりが深い古謡
『ハラダティヌマブナリョウマ ユンタ』をみんなで
謡います。
 第1部の講師は、昨年末に瑞宝単光章を受章された
内盛スミさんと喜宝院蒐集館長の上勢頭芳徳さん。
お二人とも第131回民藝夏期学校が閉校した直後にも
かかわらず、快くお引受けいただきました。

 内盛スミさんは、外村先生がご来島いただいた当時の
話や本田安次先生(民俗学者)とのかかわりや、義理の叔父
にあたる内盛唯夫氏と柳田国男先生、岡本太郎氏、竹富島の
指導者であった山城善三氏が写っている写真をお持ちになり、
当時の知識人と竹富島との交流関係をお話しいただきました。
 また、上勢頭芳徳さんからは、民藝とは何か。
をお話しいただき、当時の竹富島の生活全てが民藝という言葉
に当てはまっていたことをご説明いただきました。
 『木綿往生』ということばは外村先生直筆です。
木綿は幼子から年老いるまでいつも身近な存在です。
「身近にあるものを大切に、そして忘れずに。」
外村先生のひとつひとつのモノに対する優しい心が
端的に表されているといってもいいでしょう。
 そして、こうした身近なモノを伝え、洗練し、
時には叱咤激励してきた、伝統工芸品に携わってきた重鎮
から発せられることばは、時には笑いを生み出しながらも、
ご参加いただいた方々の心に響いたのではないでしょうか。
 第2部は講師を前本隆一さんにバトンタッチし、
織物の天才少女を謡った
『ハラダティヌマブナリョウマ ユンタ』
を謡いました。

 この古謡は、竹富島だけではなく、小浜島や石垣島
にも遺されています。
 沖縄には人頭税と呼ばれる悪税がありました。
この納税対象には織物も含まれていました。
役人たちは、難しい図柄を島民たちに強います。
 こうした天才少女を待ち望むほど、島民は納税に苦しめ
られていたのでしょう。
『民藝の島、竹富島』と呼ばれる今の竹富島ですが、
こうした先人の御苦労を偲ばずにはいられない
第19回島立て学校でした。
(た)