月別アーカイブ: 2018年3月

旅立ちの季節です。

3月。
15の春。

卒業式も終わり、それぞれがそれぞれの新たな一歩を踏み出す季節です。
竹富島では高校が無いので、石垣や沖縄本島、内地の高校へと進学します。
今日、また1人内地へ旅立つ子を見送る日がやってきました。

後輩や先生方、地域の方々に見送られ
出発する彼にどんな未来が待っているのでしょう。

がんばって来いよ!
大きくなって帰って来いよ!
島の人たちが声を掛けます。

後輩が船を追いかけ海に飛び込み、見送るのは竹富島ではおなじみの光景。
海の中から見送る景色はどんな景色でしょうね。

港を出ていく船は特別に汽笛をならしてくれました。

ゆがふ館で仕事をしているスタッフにも
汽笛の音が届き
「今日はだれが旅立つ日?」
と、しばし手を止めたのでした。

フナヤ完成!!

先日より復元作業が行われていたフナヤ
とうとう完成いたしました~!!

17日は、石垣島の郷友会の皆様も一緒になって作業を行いました。

先日刈り取ってきたカヤを乗せ、縛っていく作業は、
屋根の上からカヤを踏み固めつつ縛っていく人。
下から尖らせた竹をつかって紐を通していく人。
見事な連係プレーが続きます。

シジといって、屋根のてっぺんの部分の作業が最も難しいらしく、
一番時間がかかっていました。


途中で降りだした雨に、どうなることかと心配しましたが、
どうにか完成までたどり着けました。

骨組みから組み立ててくれた大工さんたち。
カヤ取りに参加してくれた皆さん。
フナヤがどんな風にして出来上がるのか、見たこともない若者たち。
もう梯子には登れないが、ガヤ屋をいくつも作ってきたおじいちゃんたち。
作る作業をみながら、懐かしむおばあちゃんたち。
10時のお茶とおやつを用意してくれるお母さんたち。
一緒についてきて、走り回る子供たち。
石垣から船に乗って手伝いにきてくれた、かつて島にすんでいたおじいたち。
竹富での暮らしを知らない2世たち。
高いところは無理だけど‥と料理を担当してくれるおじさんたち
お客さんの送迎の合間に頑張って~と声をかけてくれるおばさん。
黙々と片付けを担当してくれたお兄さん。
・・・・・・・
まだまだ、書ききれないほど沢山の人々の協力と想いで、
できあがった「フナヤ」です。

昔のふなやを作ってどうするの?
そんなことを思った人もいるかもしれません。
でも、島のおじいちゃんが言っていました。
「作った人しかわからんさ」

祝賀会の様子などはこちら
http://www.taketomijima.jp/topics/

フナヤ復元

竹富島の港から上がってすぐ、ゆがふ館の前に突如として出来上がってきたこのスカスカの屋根。
実は、ここはその昔定期船がまだポンポン船だった頃、この中で風をよけ、船を待った場所。
「フナヤ」です。
竹富島は重要伝統的建造物群保存地区に選定されてから30年になります。
記念事業としてフナヤが復元されることになったのです。

こちらは、ただのスカスカした屋根という訳ではございません。
今からカヤをのせ、「ガヤ屋」(カヤ葺きの小屋)にする為の準備です。
上に乗せる、萱は石垣島から刈ってきて準備しています。
刈り取る際は、石垣島在住の竹富郷友会の皆様の大きな強力があったとのこと。
ありがとうございます。

自然にそだった木の特徴を生かし、うまく組んでいきます。
その上に竹とクージで「ユッツル」編んでいきます。
赤瓦の屋根をふく時のユッツルとは違い、竹と竹の間が広いのが特徴です。


下から見るとこんな感じ。
綺麗ですね~。

いよいよ、萱をのせていくのは3月17日。
フナヤの完成が楽しみですね。
良い天気になりますように!!

民具の大物「ニーブ」その1

竹富島の民具「ニーブ」作りが本日始まりました。
実は、前回制作したのは丁度8年前の3月。
松竹昇助さんを先生に、当時のメモを確認しながら、
ニーブを編む道具の大きな「ヤマ」に縄をかけていきます。

ニーブの材料は、バラッタ(藁)を使います。
いろんな方に協力していただき、藁を分けてもらいました。
この藁はうるち米の藁ですが、本来はもち米や赤米の藁が柔らかくて一番丈夫なので、
民具の材料として好んで使用されていたそうです。

民具の名手の松竹さん指導の下、縄の準備をしていきます。

※ニーブ:穀物を脱穀する際に使用する農具の一つ。ニーブの上に収穫物をのせ叩いて脱穀します。