月別アーカイブ: 2008年2月

2月28日付八重山毎日新聞『不連続線』

 2月28日付八重山毎日新聞の『不連続線』では、
砂川哲雄氏が様々な問題が浮上する竹富島にエールを
送っています。
 私たちは
竹富島憲章前文に明記された西塘大主の遺功である
『かいしくさや うつぐみどぅ まさりょうる』の精神
をもって、これらの問題を解決していかなければなりません。
(ta)

続きを読む

「方言、民話継承で講演」

 16日付八重山毎日新聞には、9日に開催された
全国竹富島文化協会主催「第12回星砂の島文化講演会」
に関する記事が掲載されています。
 こうした竹富島の文化遺産をいかに継承していく
システムを創るのかが、今後の竹富島の将来を俯瞰
する鍵となります。
(ta)

続きを読む

世持御嶽清掃活動

 昨日、一日の仕事を終えたのちに、
NPOたきどぅん職員、理事、正会員の方々が集い、
種子取祭の舞台となる世持御嶽の除草活動を行いました。


 竹富島に来られる観光客は必ず訪れる世持御嶽。
この御嶽には、火の神と農耕の神が祀られています。
 種子取祭では、六山、八山の神々がこの御嶽を訪れ、
島人が奉納する芸能をご覧になると云われています。
 また、『素足で感じる竹富島』ツアーのルートでもあり、
ツアー観光客のかたがたも集落への入り口として訪れています。
 本来なら竹富公民館執行部が清掃活動を行なうのですが、
降雨が続き、なかなか手が付けられない日々が続きました。

 実施日を決め、会員に呼びかけた成果もあったのでしょうか。
昨日は時折太陽も顔を出し、ようやく、清掃を実施することが
できました。
 清掃は、一人で行なうよりも皆で協力すれば、早く、かつ
丁寧に行なうことができます。
NPOたきどぅんは、こうした活動に垣間見える「うつぐみ」
の精神を持ち続けたいと考えています。
(ta)
 

「竹富島東部宿泊計画経緯」

 本日(12日)の八重山毎日新聞には、
町並み保存調整委員会元事務局長である、
上勢頭芳徳 喜宝院蒐集館長の投稿が掲載されています。
 竹富島東部宿泊施設計画に至るまでの経緯が述べられて
いますが、竹富島が重伝建地区に選定されるに至った経過
を知る上勢頭芳徳氏から発せられる文章は、この問題を考察
する上で貴重な資料となるでしょう。
(ta)

続きを読む

記念誌『なごみ』を発刊

■40周年で石垣竹富郷友会が
 記念誌『なごみ』を発刊
 『八重山毎日新聞』2008.02.07
 石垣竹富郷友会西会の野原裕佳会長と本仲勉編集委員長がこのほど八重山毎日新聞社を訪れ、昨年の創立40周年記念事業で作成した記念誌を寄贈した。
 同会が作成した創立40周年記念誌「なごみ」は同会会員の寄稿や協力で、同会の活動や竹富島の歴史や移り変わりを250ページにまとめている。
 記念誌は同会の編集委員会が中心となり7年前から取り組み、15周年の記念誌以来、実に25年振りに発刊した。
 野原会長は「15周年記念誌以来、良いものを作りたいとこれまでの会長や会員が現在につなぎ、頑張ってきた。記念誌で郷友会を高めることができればうれしい」、本仲編集委員長は「インターネットの普及などで資料は充実したが、作成を終え会員に配布したあとに、貴重な資料が残っていると聞き、それを今回の記念誌にまとめることが出来なかったのが残念」と話した。

『竹富島・小浜島の昔話』のこと。

第12回星砂の島文化講演会の講師・福田晃氏は1975年・1976年に、立命館大学・大谷女子大学・沖縄国際大学の学生を募り、八重山の島々に伝承されてきたムニンガタイ(民話)の聴き取りを行いました。
その成果が『竹富島・小浜島の昔話』(1984年・同朋舎出版)に結実されています。本書は「南島昔話叢書」第9巻として刊行され、竹富島の昔話46話、小浜島の昔話62話が収録されています。
ここでいう昔話とは、神話・伝説、本格昔話、世間話、笑話、動物昔話などを総括したものを指します。
福田氏は編者代表として「あとがき」に「本書は、立命館大学・大谷女子大学・沖縄国際大学の若い学生たちのエネルギーと、竹富町教育委員会・八重山文化研究会・竹富島小浜島の公民館・老人会など地元の皆さんの協力と、竹富島・小浜島出身の若き学究者の情熱との三つが統合して成ったものである」と述べています。
ちなみに、この竹富島出身の「若き学究者」は、仲筋出身の狩俣恵一氏のことです。
本書最大の特色は、本を開いたとき、上段には語り手が方言で語ったものを忠実に翻字したもの、下段には編者らが共通語訳したものを配して構成したところにあります。テードゥンムニの味わい深さを活かした編集になっています。
一話ごとに、語り手の名前も記録されていますが、残念ながらこれらの先輩方はすでに故人となられています。本書はそれだけに貴重な記録だともいえます。
本書に収録された竹富島の昔話の題名と語り手を、ここに記しておきます。
01 竹富島の島建(上勢頭亨)
02 仲嵩の由来(大山功)
03 御願崎の石上げ(与那国清介)
04 ニーウスビの神(大山功)
05 種子取祭と六人の神(大山功)
06 石垣・幸本御嶽の香炉(東盛弘介)
07 犬の井戸(前野長用)
08 アーパー石(東盛弘介)
09 世果報の神とサン(前野長用)
10 ムカデ旗の由来(大山功)
11 鉄人の根原神殿と与那国島(大山功)
12 花城の神と川平カニーブの船漕ぎ競争(大山功)
13 多良間モーシ(大山貞雄)
14 ハブ聟入(生盛康安)
15 子育て幽霊(与那国清介)
16 継子の井戸掘り(加治工政治)
17 按司の身代わり花嫁(大山功)
18 藁しべ長者(前野長用)
19 産神問答(前野長用)
20 大歳の客(1)(狩俣カマド)
21 大歳の客(2)(与那国清介)
22 ユヒトゥンガナシの恵み(大山功)
23 ある男の仇討ち(加治工政治)
24 首のない影(前野長用)
25 働かずには食えない(大山貞雄)
26 真栄里ギシャーの大力(東盛弘介)
27 竹富武士と屋良部武士の力くらべ(前野長用)
28 人間の腰(大山功)
29 烏に仕返し(東盛弘介)
30 唐の不思議(与那国清介)
31 小さい時計は時間が早い(大山功)
32 玻座間蛙と仲筋蛙(大山功)
33 シジランと南京虫と蚤(与那国清介)
34 白鷺とヨーラとクビラと鳩(東盛弘介)
35 老烏の知恵(生盛康安)
36 十二支の由来(石川明)
37 鷲と海老(大山貞雄)
38 蝙蝠の二心(根原ハツ)
39 猿の生肝(前野長用)
40 竜宮の祝い(1)(与那国清介)
41 竜宮の祝い(2)(石川亀美屋)
42 雀孝行(大山功)
43 雨蛙不孝(前野長用)
44 雲雀と若水(上勢頭亨)
45 犬の脚(石川明)
46 鶏が鳴きだすわけ(大山功)
「解説」によると、竹富島における昔話の伝承の系譜は、家系に沿うところが大きいといいます。
しかし、本書にもっとも多く収録されている、大山功の伝承の系譜は、「血縁関係よりも地縁的結合によるものが、その中心となっている」そうです。
大山功氏は、昔話を祖母や父母から聞くことよりも、「村の古老・先輩・友人から聞き取ったものであり、特に近くの東金城加那や勢頭真牛からのものが多く、夕食後、その家を訪ねては話を聞かせてもらった。あるいは、西表島へ出作りに赴く舟の中で、あるいは、稲作・畑作の仕事のなかで、また山の木伐りの作業の折に、話を聞くこともあったという。しかも、それらの伝承話を自分の自分の子や孫に語ることはなかったが、村の祭りや畑仕事の折、あるいは出作りの赴く舟の中で、村の人々に、これを語っているのであった」とユニークな伝承のあり方です。
この『竹富島・小浜島の昔話』のほか、竹富島の昔話を記録した、『竹富島誌 民話・民俗篇』『蟷螂の斧』、またNPOたきどぅん発行の『テードゥン昔ムヌンガタイ』などを大いに活用し、生き生きとした昔話の継承につとめていきたいものです。                  (YI)

星砂の島文化講演会について

今朝の『八重山毎日新聞』には、
9日に開かれる全国竹富島文化協会主催の
「星砂の島文化講演会」への誘い文が
掲載されています。
文章は全国竹富島文化協会理事長の高嶺方祐氏です。
■「テードゥンムニの継承と昔話」の講演会へのお誘い
 『八重山毎日新聞』2008.02.06
 全国竹富島文化協会は、1996年に創立され、昨年は、10周年を記念して、浦添市てだこホールで「竹富島種子取祭の芸能公演」を行うとともに、東京で、国学院大学を会場に「星砂の島文化講演会」を開催しました。
 これまで11回の講演会では、種子取祭芸能や町並みと経済、うつぐみ、西塘、衣食住の歴史などの講演やシンポジウムを竹富と那覇で行ってきましたが、今年からは東京でも恒例行事として開催することにしています。
 今回の「星砂の島文化講演会」のテーマは、「テードゥンムニの継承と昔話」です。竹富島に限らず、沖縄の島々における「シマ言葉」の再生方法はないのか。それを考えるための講演会です。
 講師は、立命館大学名誉教授の福田晃先生です。先生は、昭和50年と51年に、立命館大学、大谷女子大学、沖縄国際大学の院生と学生を募って、八重山の各シマジマに伝承されてきた民話(ムニンガタイ)の聴き取りを行い、伝承を終えようとした八重山の優れたムニンガタイの数々を記録に留めてあるそうです。
 竹富島での聴き取りは、多くが故人となられていますが、前野長用、大山功、生盛康安、加治工政治、東盛弘介、与那国清介、大山貞雄、上勢頭亨さんたちからでした。
 福田先生の講演の演題は「竹富島のムニンガタイ―その伝承の再生を期す―」です。40年余り前に録音した先輩方のムニンガタイを聞きながら竹富島の「口伝えの文化財」をいかに継承すべきかを皆さんと一緒に考えたいと思います。
 福田先生は、今回の講演への抱負として、次のように述べておられます。「ムニンガタイの文化財としての意義は、口伝えによって継承されることにあり、真の伝承の意義はシマクチによって維持されることであるに違いない。ふるさとの文化は、ふるさとの言葉(シマクチ)に宿っている。ムニンガタイを通してシマクチの再生を期待したい」。
 講演会は左記の通りです。文化協会員はもちろんですが、関心のある方多数参加されるようお誘いいたします。
  日時○2月9日(土)午後6時30分
  場所○竹富島まちなみ館
   ※ 入場無料、終了後懇親会。
     午後9時30分に石垣行き用船があります。

『八重山毎日新聞』2008.02.05掲載記事

『八重山毎日新聞』2008.02.05掲載記事よりふたつ。
■南北が輪になり交流
 ―4年ぶり、旭川ウタリ協会が竹富へ―
                      (竹富島通信員)
 4年ぶりに旭川ウタリ協会文化交流団(川上団長ほか15人)か竹富島をこのほど訪れた。
 午前10時過ぎに一行が竹富港に到着するころには日もさし、島民らがトンチャーマで迎えガーリを繰り返して歓迎した。一行はゆがふ館を見学し、学校では全員にムックリ(口琴)をプレゼントして指導した。
 夜の芸能交流会には島民や観光客も大勢つめかけて、立ち見も出るほどの盛況だった。主催の全国竹富島文化協会の高嶺方祐理事長は「旭川まで3300キロメートル、気温はマイナス23度とプラス23度。距離感を温度差で体験して今回も良い南北交流が出来るように」と述べ、竹富島に伝わる「ザンヌユングトゥ」を披露した。アイヌ訪問団の川上団長は「4年前の竹富島の印象が良かったので人選に困った。アイヌとは人間という意味。お互い顔かたちを見ても全然違和感がない。旭川とも正式な姉妹校流を」とし、上間毅公民館長は「文明は滅んでも文化は滅びない。北と南の異文化は日本にとっても大切なこと。敬意をこめて心から歓迎したい」とそれぞれあいさつした。
 竹富島からは種子取祭の狂言「世曳き」と3支会から各1点のにぎやかな芸能が出され、アイヌ側からは「あいさつの踊り」に始まり、楽器を持たず自然と共生してきた民族の、素朴な踊り10点が披露された。唯一の楽器といえるムックリは、哀調を帯びたなかに時に激しく響くと会場からは大きな拍手が起こっていた。近年手がけているという、アイヌの気持ちを共通語とギターでロック調に演奏する曲もあった。「色男の踊り」は前回大好評だった演目で、会場は爆笑に包まれていた。
 たっぷりと楽しんだ後は全員で会場いっぱいに「イオマンテウポポ」の輪踊りと竹富島の「巻き踊り」、モーヤーと続き、南国にしては寒い夜を大いに盛り上がった。
■石垣島キャンプ初のオフ日 ロッテナイン島内・離島観光楽しむ
 千葉ロッテマリーンズ石垣島キャンプ練習オフの4日、選手たちは島内・離島観光やゴルフ、ショッピングなどで休日を満喫した。
 そのうち大嶺祐太投手とともに竹富島を訪れ、水牛車に乗って集落内観光を楽しんだ。
 竹富保育所には「V目指せ 日本一」の横断幕も飾られ、大嶺投手らの乗った水牛車が保育所に近づくと、子どもたちが「大嶺選手頑張れー!」と声援をかけた。
 また3人を取材する多くの報道関係者も竹富島入りし、島を訪れていた観光客や島民らは「さすがプロ野球選手。こんなに多くのカメラマンが一緒についてくるなんてすごい。大嶺投手も立派になった」と話していた。
 大嶺投手は「竹富島へは何度か来たことはあるが、水牛車に乗ったのは初めて。意外と早く動いて楽しかった。いいリフレッシュができたので、明日からの練習も頑張りたい」と笑顔を見せ、服部・下敷領両投手は「建物とかがすごく沖縄らしく、癒やされる感じがした」「よく旅行をするが、竹富島は初めてで楽しかった。また遊びにきたい」とそれぞれに感想を述べた。
 ロッテ石垣島キャンプは5日から第2クールに入り、徐々に練習のレベルを上げていく。