月別アーカイブ: 2008年1月

第12回星砂の島文化講演会

2月には全国竹富島文化協会主催の大きな行事が2つあります。
ひとつは「アイヌ文化交流の集い」、
もうひとつは「第12回星砂の島文化講演会」です。
「アイヌ文化交流の集い」は、
2月1日に、アイヌの19名一行が御来島し、
アイヌの芸能を披露してくださります。
もちろん、竹富島も芸能でこたえます。
歌や踊りを通じて、
アイヌ文化が体験できる交流会は、
楽しみですね。
「第12回星砂の島文化講演会」は、
講師に立命館大学名誉教授の福田晃先生をお迎えし、
お話をうかがいます。
演題は「竹富島のムニンガタイ」。
講演では今は故人となられた
島の先輩方のムニンガタイ(物語り)の録音を聞きながら、
口伝えの文化財の継承について、
みんなで考えてみるのが大きな目的。
それぞれ下記の通り開催します。
■アイヌ文化交流の集い
日 時○2月1日(金)
午後7時30分~午後9時
場 所○まちなみ館
■第12回星砂の島文化講演会
講 演○福田晃(立命館大学名誉教授)
「竹富島のムニンガタイ」
日 時○2月9日(土)
午後6時30分から
場 所○まちなみ館
お問合せは、�0980-85-2488(飯田)まで。    (YI)

『八重山毎日新聞』2008.01.30

■問われる「竹富島憲章」
 『八重山毎日新聞』「社説」欄
 ○島の人々に戸惑いと反発
 島の人々が憲章を制定し懸命に守ってきたその昔ながらの集落形態が国の「町並み保存地区」の指定を受け、今では全国でも有数の観光地となっている竹富島が、リゾート開発計画に揺れている。去る21日の説明会では、島の住民たちから容認論の一方で、事前説明もないまま既に伐採も始まっているということで反発や戸惑い、懸念の声が上がったという。
 それはそうだろう。竹富島憲章はいまから35、6年以前の本土復帰前後に相次いだ本土企業の進出、あるいは大型開発から島を守るために土地を「売らない」「汚さない」「乱さない」「壊さない」「生かす」の5項目を基本理念に制定され、人口300人余の小さな島は年間42万人余の観光客が訪れる全国的にも有名な観光地となっている。
 それだけに、「リゾート開発されるとこの島はどうなるだろう」「これまで何のために30年余も懸命に町並みを守るためにがんばってきたのか」と島の人々が戸惑い、不安や反発を感じているのは確かだろう。そういう意味では「竹富島憲章」の意義と「町並み保存」のあり方が問われているといえよう。
 ○赤瓦木造家屋50棟を建設
 開発計画では島の東部の土地13ヘクタールに島の景観にあわせて宿泊施設として赤瓦屋根の木造家屋50棟のほか、レストランやプールなどのリゾート施設を建設。2010年の早い時期の開業を目指しているという。
 同問題が島の人たちに戸惑いを与えているのは、その開発を計画している事業者が、これまで竹富島憲章の制定や町並み保存の中心となって尽くしてきた島の有力者ということだ。そしてその根底には復帰前に本土企業から買い戻した土地の所有権が、抵当権の問題で都内の企業に移るということがあり、そのためむしろ自らがリゾート開発したほうが島のために良いという思いで本土企業の支援を受けて計画したのかもしれない。
 確かに土地の問題は無視できない島の問題だろうが、さらに大事なことは、このリゾート開発が町並み保存地区の竹富島にとって良い結果をもたらすのか、悪い結果となるのかということだろう。
 その点は事業者側も、宿泊施設の家屋の高さを6、7メートルに制限、さらに棟ごとに石垣で囲み、集落内の民家と同じようにするなど最大限に配慮の考えを示している。また島内の民宿と競合しないよう宿泊料金を高めに設定し、民宿とは異なった客層をターゲットにするという。
 しかしそれでも竹富島はやはり小さな島であり、沖縄の原風景があるということの小さな島の景観に、果たしてこのような大型リゾート施設がマッチするかどうか、あるいは似合うかどうかだろう。
 ○原点はなんだったか
 この問題はこれから竹富町も巻き込んでさらに島の内外で議論が行われるだろうし、その中から島の人々がどう判断するかだろうが、要は現在の町並み保存中心の観光で島の魅力は色あせてマンネリに陥り、年々観光客が減ってきているというなら、リゾート計画も十分に検討の余地はあるだろう
 ところが竹富島の観光客は平成に入ってからだけ見ても、元年の8万6千人が毎年増え続け、16年の35万5千人が17年は41万6千人、18年は42万4千人にと40万人台に到達。島の観光は沖縄ブームにも乗って色あせるどころかますます好調を持続しているのである。
 竹富島は長野県の妻籠宿をモデルにして憲章を作り、町並み保存に指定された。さらに岐阜県の白川郷も妻籠をモデルに世界遺産に登録された。そしていずれも大型開発を排除し「みんなで町並みを保存したから今の活性化がある」と大成功を収めた。妻籠は運動の原点を忘れないようにと憲章に「初心忘るべからず」を座右の銘として記している。
 竹富島も当時は本土企業が対象だったが、開発から島の町並みを守るためが原点だった。今回の問題は島の行方を大きく左右するものだけに事業者、住民側とも十分な論議をすべきだろう。そこで留意すべきは「竹富島」というブランドは竹富島だけのものでないということだ。
■お年寄りら6人参加 転倒予防教室開く
 『八重山毎日新聞』第3面
 軽い運動やストレッチを通じて、高齢者が転ぶのを防ごうという転倒予防教室「ぴんぴんクラブ」が今月から竹富島まちなみ館で開かれており、毎週水曜日、6人のお年寄りが参加している。
 町社会福祉協議会が町からの委託で実施している介護予防事業の1つ。65歳以上で、運動機能に低下があるなど転倒を予防する必要のある在宅高齢者を対象に実施している。1月8日から3月12日まで合わせて10回の開催を計画している。
 町社協では、竹富島以外の町内各地でも転倒予防教室を開催したい考え。

話題ふたつ

本日の『八重山毎日新聞』では、
「不連続線」欄において、
竹富島東部宿泊施設の計画について
仲間清隆氏の見解が述べられております。
もうひとつは第3面に、
25日竹富小中学校で開催された、
食育講演会の様子が、
竹富通信員によりレポートされています。(YI)

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八重山毎日駅伝競走大会、竹富2年連続準V!

第33回八重山毎日駅伝競走大会。
20日、市営陸上競技場を発着点にして、
石垣島を東まわりに1周する、
16区間76.1キロメートルのコースで行われました。
今大会はこれまでの最多19チームが出場。
選手たちは各字の名誉と期待を背負って
タスキをつなぎます。
前半はめまぐるしく順位が変動し、
竹富チームは前半6位。
後半は与那国チームの独走態勢に。
竹富チームは11区の久保田文さん、
13区の中村英行さん、14区の藤井幸吉さんが
区間1位の走りで盛り上げ、
総合2位でゴール。
選手の皆さん、応援にかけつけてくださった皆さん、
ありがとうございました。
そして、おつかれさまでした。
来年こそ優勝旗を竹富島に!

本日の『八重山毎日新聞』には
女子最優秀選手として久保田文選手、
親子3人出場として仲村渠家が
採りあげられています。         (YI)

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竹富島・ものづくりプログラム(その3)

4日間の竹富島ものづくりプログラムも、とうとう昨日で終了。
短い期間でしたが、とても充実した日々となったのは、
参加者と森林文化アカデミー両者とも同じ気持ちでした。
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参加者全員が感想や思いを発表したのち、
樹木を用いて“竹富島”を表現するカタチは
どのような図案がよいのか、またどのように
プログラムを組んでいくのか、様々な意見を交換しました。

島を代表する“ミンサー帯”の図柄、星砂、
シーサーなどで表現する方法やミルク神などに
あやかるなどの意見もでました。
一方、神聖な神々をカタチにして良いものなの
かとの意見もあり、竹富島独特の考え方もよく理解
することができました。
また、2007年3月の森林文化アカデミー竹富島実習
カタチになったアイテムが展示され、創造意欲に拍車をかけます。


モノをカタチにし、命を吹き込む。
その楽しさ、大変さ、奥深さを体感することができたこのプログラム。
森林文化アカデミーのみなさま、大変勉強になりました。
本当にありがとうございます。
次回は、種子取祭でお会いしましょう。
(ta)

竹富島・ものづくりプログラム(その2)

1月14日に引き続き、岐阜県立森林アカデミー
ものづくりプログラムについてご案内いたします。
14日の講座後半からは、“木のお守りづくり”。
昨晩はお守りの仕上げを行いました。

森林文化アカデミーの先生のコレクション“世界各国のお守り”。
沖縄の玩具である“指ハブ”は、なんとメキシコでは
お守りになっています!
その名も“ラブ・キャッチャー”
しかし、ネーミングが・・・。
参加者それぞれが生み出したオリジナルのお守り。
作りたいという意欲と若干の道具があれば、
竹富島の樹木を用いて色々な形に出来ることを教えてもらいました。

この道具で、カタチにします。
「鷹の風旗つくり」では、オリジナルの風旗を作ります。

ものづくりプログラムは今夜が最終日。
「竹富島オリジナルものづくりプログラムを作ろう!」がテーマです。
(ta)

地震のおまじない

今日、阪神淡路大震災から13年目を迎えました。
犠牲者の方のご冥福をお祈り申し上げます。
予想できない自然災害。
防災と同時に、
地震よけのおまじないも
心の片隅にひかえておいてはいかがでしょうか。
上勢頭亨著『竹富島誌 民話・民俗篇』(307頁)には、
「地震がおこったら、キョウツカキョウツカと唱える。
これが神の国である京都京都京都という意から
おこったものと伝えられる」とあります。
また、この「キョウツカキョウツカ」というおまじないについては
ありがたいお経を埋めた「経塚」に祈るためだという、
一説もあります。             (YI)

新税法実施紀念会

近世から明治後期にいたって、
宮古・八重山の両先島には、悪名高い人頭税がありました。
人頭税は各個人に頭割りに課した税で、
これにより先人は苦境の生活にあえぐことになったのです。
宮古島の先覚者たちによる、人頭税廃止運動が盛り上がり、
沖縄県は土地整理事業を終え、明治36(1903)年1月1日から
新税法の実施と相なりました。
それを記念した碑がンブフルの丘に建立されました。
現在、当地には明治36年の記念碑を再建するかたちで、
「人頭税廃止百年記念の碑」が建っています。
その経緯には次のような事情があります。
明治36年当時、村の総代理(責任者)であった
亀加津屋氏は、記念碑を建立したことを碑文とともに
板に彫りこんでいました。
それが喜宝院蒐集館に保存されていたてことにより、
人頭税廃止から100年を経て、
記念碑の再建が実現したのです。
明治36年1月16日、つまりちょうど105年前の今日、
八重山郡民をあげて盛大な「新税法実施紀念祝賀会」が
開催されました。
大綱引も行われたという、
その様子は当時の『琉球新報』にも大きくとりあげられています。
ちなみに、竹富島は、石垣、新川、平得、真栄里、宮良と
ともに乙組(西チーム)に振り分けられています。  (YI)