月別アーカイブ: 2007年12月

『素足で感じる竹富島』ツアーの開催について

 今日の竹富島の天気は晴れ。気温24度、湿度60%
で過ごしやすい気候となっています。
 島内をのんびりと過ごす方々にとってはとても
よい日となっています。
 年末とは思えぬ天気のよさで、ご来島された方
にとってもとてもいい思い出になると思われます。
 年末年始を迎えまして、
ご好評いただいている『素足で感じる竹富島』ツアーを
12月29日~1月3日までお休みさせていただきます。
 今年は参加者1,000名も突破しました。
また、今後もスタッフ一同ますます
「目には見えない、手に触ることができない」
竹富島の素晴らしさを皆さんに伝えていきます。
 シッカイト ミーハイユー
 来年もよろしくお願い申し上げます。
(TA)

ニーラン石

詩人・砂川哲雄氏は、
「神話の海を結ぶように
 ニーラン石は水平線を望み
 光の影は水底にゆらゆらゆれる」
     (「光と風の伝説」『詩集・遠い朝』より)
と表現しています。

八重山の針路と選択

本日の『八重山毎日新聞』「社説」欄に、
これまで連載されてきた「八重山の針路と選択」を
総括しています。
景観と観光について、
妻籠宿(長野県)、白川郷(岐阜県)の
町並み保存の契機、住民憲章の制定の経緯などに
触れながら、八重山の現状が論じられています。 (YI)

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クリスマスイブの夜は

 師走の三連休も終わり、いよいよ年の瀬を感じる
ようになりました。
こうしたなか、昨晩のクリスマス・イブは
皆さん楽しくお過ごしになりましたでしょうか。
 サンタクロースの出身は極寒の北欧フィンランド。
竹富島のクリスマスもオーストラリアと同様に、
温暖な気候で迎えます。少々イメージが異なりますが、
サンタクロースを満面の笑みで迎える子ども達とっては、
地域、民族、思想を問わず何れにおいても同じであろう
と思います。
 昨日、竹富島のユーンカイとクリスマスを「施し」という
点で共通しているというブログを掲載しましたが、
この記事の詳細が、12月24日付の『八重山毎日新聞』に
波照間永吉編『琉球の歴史と文化-おもろさうしの世界-』
の書評として掲載されています。
 書評において、ユーンカイとクリスマスの共通点に関する
記述は勿論ありませんが、16-17世紀にかけて首里王府が編纂
した神歌集『おもろさうし』を、首里王府の王権守護、強化を
テーマとし、王府の論理で編纂された書物であると定義
しています。
 また、『おもろさうし』の研究方法を八重山歌謡に
あてはめてみるという新たな視点がなされています。
 「施し」という点から見ると、人類共通の概念という
とても壮大なストーリーとなりますが、私たちは、八重山
という地域を俯瞰していきたいと思います。
 楽しいクリスマスをお過ごし下さい。
(TA)

サンタクロース

『琉球の歴史と文化―“おもろさうし”の世界―』(2007年)に
興味深い論文がありました。
波照間永吉「“おもろさうし”の神出現の表現」です。
首里王府編の神歌集『おもろさうし』においても、
南島各地の祭祀と同様、
神は特別な時間・空間に現われます。
そのとき大きく2つの表現に分類できるというのです。
ひとつは神が垂直方向に移動する「垂直移動型(降臨型)」。
もうひとつは神が水平方向に移動する「水平移動型(来訪型)」です。
つまり、『おもろさうし』で、
神は天上から降臨してくるものと、
海上の彼方から来訪するものと、
2種類の表現があるというのです。
分類の方法は、前者「おれる」(降りる)、
後者は「あよむ」(歩く)、「つく」(着く)という語を
キーワードにグルーピングしています。
「つく」に注目すると、
竹富島の年中行事「ユーンカイ」(世迎え)でうたわれる、
神歌「とんちゃーま」には、次のような歌詞があります。
  たきどぅんに とぅるすきてい(竹富島に取り着けて)
  なかだぎに ひきすき    (仲嵩引き着けて)
これからもわかるように、
「とぅんちゃーま」は明らかに「水平移動型」に分類されます。
また、冒頭で「あがとから くるふにや」(彼方から来る船は)と、
うたわれていることや、祭祀の舞台が海浜でなされること、
「ミルクユ」(弥勒世)を載せた神船を招く所作を伴うことからも、
よく理解できるのではないでしょうか。
波照間氏は、『おもろさうし』には、「とぅんちゃーま」のような
「水平移動型」の歌は少ないといいます。
そして、結論として次のようにまとめています。
「水平移動型の神出現の表現がきわめて少ないことは、
現在の民俗に色濃く残るニライ・カナイなどの水平他界観が
『おもろさうし』では希薄化しているためだと考えられる。
そしてここに『おもろさうし』の他界観の特徴がある。
首里王府における天上他界観の形成と強化が(中略)
王権保持のために王府がいかほど心血を注いでいたかがわかるだろう。
『おもろさうし』は王府のこのイデオロギーに基づいて
編纂された書物だったことがここからもわかる」。
ところで、今日はクリスマス・イブ。
聖なる夜という特別な時間に、
よい子にプレゼント(ミルク世?)をもたらす、
サンタクロースの出現は、
はたして「降臨型」なのでしょうか。
あるいは「来訪型」なのでしょうか。        (YI)

63年前の今日

63年前といえば1944年。
戦争の真っ只中でした。
この日、石垣島で、
竹富女子青年団による
慰問演芸会が催されました。
演目は「竹富すきた盆」「上り口説」
「竹富まみどーま」「仲筋ぬぬべやま」等。
この記録は『南島研究 第48号』(2007年)に収録の、
吉田久一「やえま・ふたとせ」(日記抄)によります。
吉田久一は、当時、八重山に駐屯した一兵士で、
敗戦で島を引き揚げるまで書いた、『八重山戦日記』は、
当時記された記録として貴重です。
演芸会については、
「警備の如き、感激が無く安逸に流れ易いものに、
かかる催しは救いである」と記しています。    (YI)

本日の新聞から

本日の『八重山毎日新聞』から、
竹富島に関する話題を2つ。
ひとつは第4面「2007年沖縄本島郷友だより1年を振り返る」。
もうひとつは第10面「ソニー教育財団竹富小中に助成金交付」。
前者は、前新透氏の叙勲受章祝賀会が採りあげられています。(YI)

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八重山から。八重山へ。

先月、『八重山から。八重山へ。-八重山文化論序説-』が、
南山舎から出版されました。
著者は、詩人でもある、砂川哲雄氏。
本書には評論・書評、随筆などを中心に、
101編がまとまっています。
そのなかに竹富島に触れられているのも、
いくつかあります。
「ンダローマゆんた」「八重山歌謡におけるエロティシズム」
「遊女たちのうた」の評論3題では、
竹富島の古謡「ンダローマゆんた」に注目し、
共同体に流布された歌謡の性格や
猥歌とは一線を画する、
八重山歌謡のおおらかなエロティシズムを論じています。
論文「文芸同人誌“セブン”の誕生と八重山近代文学の出発」では、
竹富島出身の金城亀千代の足跡が気になるところです。
沖縄の近代文学史をふりかえるとき、
文芸同人誌『セブン』(1926年創刊)を
避けて通ることはできません。
ここでは、それに参加した同人たちにスポットをあて、
八重山の文学活動史を浮き彫りにしています。
そのなかで、次のような『反戦資料』を引いています。
「昭和16年8月、八重山郡、竹富町字竹富出身で、現在師範学校在学中の竹盛浩、金城亀千代、医学専門学校の大底定美、水産学校の学生の大浜武治などの12人は、書中休暇中帰村するや、村の小学校で音楽会をひらき、民衆をあつめてつぎのような演説をやった。(後略)」
ここに現われる、金城亀千代は『セブン』で
「“世紀末的島の心臓”“犯罪地帯”などの注目すべき作品を発表した。のちに九州わたり、鹿児島で発行されていた新屋敷幸繁編集の“南方楽園”(昭和2年6月号)に“市街”という詩を発表したり“前月時評”を書いたりしているが、一時期は発行人としても名前が見える。また筆者(砂川氏)宛の西里喜行書簡によれば、福岡あたりで演劇グループにもいたり、桜木康雄というペンネームで月刊雑誌にも投稿」するなど、
バイタリティあふれる活動を展開しています。
しかし、西里喜行氏は、砂川氏宛の書簡のなかで、
『反戦資料』の昭和16年という記述には、
問題があると指摘しています。
そして砂川氏は「金城亀千代の足取りの詳細は
現在のところまだよく分からない」と述べています。
書評「“大塚勝久写真集 うつぐみの竹富島”のこと」では、
砂川氏がつねに側に置き、折に触れて開いてきた、写真集として
大塚勝久氏の『うつぐみの竹富島』をとりあげて、
論じています。
そこには鑑賞が芸術論にまで及び、
大塚氏の人となりも触れています。
一読をおすすめます。                (YI)  

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NPOたきどぅん忘年会

18日、そば処竹乃子にて、
NPOたきどぅんの忘年会が開催されました。
理事の方々をはじめ、ゆがふ館・かりゆし館の
スタッフ25名にご出席いただきました。
1年の活動を振り返りながら、親睦を深めました。
なべ料理に舌鼓を打ち、ゲームをしたり、
自慢の喉を披露したり…。
大いに盛り上がりました。

プレゼントを受取る高那旅館の女将。このあと素晴らしい出来事が!

竹富島交通回数券争奪ジャンケン大会が繰りひろげられました。
また、フィリップモリス・ジャパン助成事業完了報告会や
これから取り組む、トヨタ環境活動助成についての、
報告もなされました。
「竹富島今昔かるた」を用いた
ビンゴゲーム(?)をしたことにより、
再びこのカルタの良さが浮上してきました。
では、その「竹富島今昔かるた」から少し紹介しましょう。
 (た)「種子取祭 家族で作るイーヤチに蛸とピン」
 (け)「健康茶 お年寄りが造る長命茶」
 (と)「隣の島(石垣島)から水を運んだ干ばつの年」
 (み)「みんなの心 かしくさやうつぐみどぅまさる」

カルタを詠む上勢頭芳徳 喜宝院蒐集館長
今年も残すところあとわずか。
皆さまくれぐれもお身体ご自愛くださいませ。      (YI)

石積みの呼吸

随筆家であり、こぼし文庫の創設者である、
岡部伊都子氏の著書に
『自然の象』(1980年・創元社)があります。
川西祐三郎氏の装画がしゃれていて、
思わず手にとりました。
岡部氏の著書ということで、
つい何か竹富島の記述があるのでは、
といった読み方をしてしまいます。
斜め読みをしていくと、
やはりありました。
「塀」という文章の末尾の部分。
「沖縄の民家をとりかこむ珊瑚礁石の低く分厚い石垣には、
風土のもつ力強い美しさがある。
同じ石垣でも、竹富島の石垣はよく整っていた。
石積みの呼吸に秀でた島の人々が、
“この塀に開けた入口は、人を幸福にする寸法だよ”
と言われたのが、なんともやさしい口調であった。」
備忘録としてここに記しておきます。     (YI)