カテゴリー別アーカイブ: 竹富島の日々

平成29年度「竹富公民館祭事・行事表」

昨晩の集落ごとの月例会にて発表された、
今年度の竹富公民館年間祭事・行事表を
ブログをご覧のみなさまへお知らせいたします。

今年は旧暦に閏月があるため、
新暦9月には祭事行事が集中する大変忙しい月となります。

旧暦7月13~15日の集落ごとで挙行するお盆行事は9月3~5日
大地を清め井戸に感謝するシチマツリは、9月9日
数え年70歳以上の高齢者を祝す94回目を数える敬老会は、9月17日
一年間の願いを解き、奉納芸能を執り行う結願は、9月23・24日
ニーラスク・カネーラスクから神々をお招きするユーンカイは、9月27日
となっております。

クリックすると、行事表が表示されます。
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平成29年度竹富公民館祭事・行事表

『竹富島憲章』制定30周年記念講演会の開催

昨年(2016)は、『竹富島憲章』が制定されて30周年を迎える節目となる一年でした。

竹富公民館では30年の節目を迎えるにあたり、
改めて『竹富島憲章』と向き合い、
3集落から各3名の合計9名からなる竹富島憲章制定30周年特別委員会を設け、
三村浩史京都大学名誉教授、
宮澤智士長岡造形大学名誉教授、
大田綾子竹富町教育委員会教育長、
前本隆一竹富公民館顧問
を相談役に招聘し、
『竹富島憲章』の文言ひとつひとつを検証しました。
崇高な理念は色あせることはありせんが、ゴミの処理や車両運行に関する一節などは、
時代背景を踏まえ、現在の暮らしにあわせた修正を施しています。
1月期の集落ごとの月例会より島民へ「竹富島憲章(案)」を配付し、
来たる3月31日の定期総会において、新たな表現による『竹富島憲章』の制定を目指しています。

昨晩は、地縁団体法人竹富公民館と全国竹富島文化協会の共催事業として、
「竹富島憲章制定30周年記念講演会」を開催いたしました。

会場となった竹富島まちなみ館には、竹富島民はもちろんのこと、
石垣島からも多数訪れ85名もの来場者が足を運び、関心の高さがうかがえます。

講演会の講師は、
竹富公民館顧問の前本隆一氏と
宮崎県椎葉村十根川重要伝統的建造物群保存審議会委員の黒木久遠氏に
「竹富島憲章と竹富島の暮らし」をテーマに語っていただきました。
前本隆一氏には「憲章制定の経緯」をご講演いただき、
1971年の大干ばつと大型台風の襲来、
困窮した生活と外部資本との結びつきによって土地が売られていった経緯、
島を守るために必然的に憲章を制定する竹富島の状況を詳しく語っていただきました。
黒木久遠氏からは、
竹富島との繋がりについてご紹介いただいたのち、
島内を参観したことから30年前との変遷と、
まちなみを保存する苦労、
それに伴う行政との結びつきの重要性を語っていただきました。

竹富島は、「重要」と付す文化財を3つ有しています。
種子取祭は、国の重要無形民俗文化財。
まちなみは、国の重要伝統的建造物群保存地区。
旧与那国家住宅は、国の重要文化財。

周囲わずか9㎞の小さな島に、国の貴重な文化遺産を3つも有する竹富島。
それを誇り、守り育んだ先人への畏敬の念と崇高な心を尊び、継承すること。
「竹富島憲章制定30周年記念講演会」の大きな趣旨は、ここにあります。

(ta)

駐輪場の清掃

10月29日から今年の種子取祭がはじまりました。
11月4・5日の奉納に向けて、
島もお祭モードが高まってきました。
こうしたなか、昨日の夕方、
レンタサイクル事業者の皆さんと連携して、
駐輪場の清掃を実施しました。

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本来なら、
10月24日の秋季清掃検査前に掃除を終えるべきだったのですが、
種子取祭前の準備に忙殺されて段取りができず、
昨日の実施となりました。
また、この駐輪場の前の道は、
種子取祭の参詣の儀式で神司が通るとても重要な道でもあり、
どうしてもきれいにしておかなければならない道でもあります。

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今回ご協力いただいた、
丸八レンタサイクル、友利観光、レンタサイクル竹富
嶺本レンタサイクル、新田観光、竹富観光センターのスタッフの皆さま。
種子取祭の大変慌ただしいなか、
ご協力いただきまことに有難うございました。

(ta)

喜宝院蒐集館のリニューアル

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収集物約4,000点のうち、
842点が国登録有形民俗文化財に指定されている喜宝院蒐集館。
改修工事のため2月7日から休館していましたが、
リニューアルして本日開館いたしました。
事情により外装は4月中旬までずれ込むそうですが、
館内は展示棚や館内の清掃も行き届き、
じっくりと展示物を見学することができます。

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『竹富町史第10巻資料編近代Ⅰ』-喜宝院蒐集館文書-の前書きには、
喜宝院蒐集館について、
「物だけではない、伝統文化の継承者として上勢頭亨翁の大きな心が詰まった、
竹富島の一大文化センターなのである」
と評されている通り、文化遺産の島である竹富島の歴史・伝統・文化・民俗・風習、
いわゆる「島の暮らし」が集積している施設といえるでしょう。

竹富島を訪れる際は、是非とも足をお運びいただき、
テーマパークではない、
「竹富島の暮らしの息吹き」を感じていただきたいと思います。

(ta)

竹富島ゆがふ館アーカイブ上映会「雄勝~法印神楽の復興~」上映会を共催します。

今年は、東日本大震災から5年が経過する節目の年です。
この節目にあたり、3月11日に竹富島ゆがふ館でアーカイブ上映会
「雄勝 ~法印神楽の復興~」を開催いたします。

今回は竹富島ゆがふ館だけでの上映ではなく、
島民をはじめ多くの方々に映像をご覧いただきたいと考え、
地縁団体法人竹富公民館、竹富町立竹富小中学校と連携して
昼の部も開催いたします。

宮城県石巻市雄勝町の国指定重要無形民俗文化財
「雄勝法印神楽」(おがつほういんかぐら)。
震災の復興のシンボルとして、
雄勝町の人々が目指したのは、祭の復活でした。
自らの暮らしもままならないなか、なぜ人々は祭の復活を求めたのか。
手塚眞監督が丹念に手掛けた60分の映像です。
今回は公益社団法人日本ユネスコ協会連盟から映像をご提供いただき、
島を挙げて上映会を開催いたします。

雄勝法印8491のコピー

3月11日に竹富島へお越しの折には、
ぜひとも足をお運びくださいませ。

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竹富島ゆがふ館アーカイブ上映会
 「雄勝 ~法印神楽の復興~ 」
(おがつ ほういんかぐらのふっこう)

主 催 :竹富島ビジターセンター運営協議会
共 催 :地縁団体法人竹富公民館、竹富町立竹富小中学校、NPOたきどぅん
映像提供:公益社団法人日本ユネスコ協会連盟

◆ 上映日: 平成28年3月11日(金)
◆ 入場料: 無料
◆ 昼の部: 13時30分~14時30分
  会 場: 竹富町立竹富小中学校体育館
◆ 夜の部: 20時~21時
  会 場: 西表石垣国立公園竹富島ビジターセンターゆがふ館
◆ 問合せ  竹富島ゆがふ館 (0980-85-2488)
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竹富島の医療事情

種子取祭(タナドゥイ)の疲れも取れ、
ようやく日々の暮らしが訪れたと思いきや、時は既に師走。
年末の慌ただしさも実感する竹富島の日々ですが、
昨晩は、
竹富町立竹富診療所主催による、
「竹富島の医療事情」が開催されました。

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今春より竹富診療所長に就かれている
石橋興介医師ならびに石垣島かりゆし病院の副院長で、
全国の離島や遠隔地の救急医療に従事されている
田中誠医師が竹富島の医療事情と題し、島民の医療事情や、
観光地としての竹富島の医療体制について話してくださいました。

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50名を超える島民が集い、関心の高さが窺えます。

石橋医師からは、メタボリックシンドロームがもたらす健康障害について。
田中医師からは、心筋梗塞や脳卒中の患者が発生した際の救急体制や予防について。
を詳しくご説明いただきました。

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ブログではあまり触れたくないのですが、
島民のメタボ率の高さには恐怖すら感じます・・・。

竹富島は「長寿の島」としても知られていますが、
石橋先生と田中先生からは、
病院や医師の努力ばかりか個人個人が努力し、
「長寿の島」のネーミングに恥じぬよう、
竹富町立竹富診療所、竹富町消防団竹富分団と連携しながら、
島民の素晴らしい暮らしぶり、
訪れる方々の医療体制をみんなで守っていきましょう。
と激励のお言葉をいただきました。

ある意味で大変怖い話でしたが、参考になる講話でした。
石橋先生、田中先生をはじめ、
竹富診療所、石垣島かりゆし病院、竹富町健康づくり課の皆さま。
ありがとうございました。

(ta)

平成27年度 竹富島種子取祭の日程

平成27年度 竹富島 種子取祭の日程

● 9月20日 (旧暦8月8日) ユーンカイ (世迎い)
竹富島にニライカナイの国から神々によって、
種もみがもたらされる神事が行われる。
● 9月20日 (つちのと ゐ) シチマツリ (節祭)
古代の正月といわれる。新しい季節を迎えたことを神々に祈り、
作物を育む大地と命の水(井戸)に感謝する神事。
古来より節祭から49日目の「つちのえね」の日を
祭日とする種子取祭に入るとされている。
本年は、11月8日が“つちのえね”の日にあたり、その日に種子を蒔く。
それより4日前の“きのえさる”の日から種子取祭の日程に入るとされている。

1. 11月4日 (きのえ さる)種子取祭初日
初日はトゥルッキと称し、祭の計画手配を行う。
玻座間、仲筋の両地区の長者(ホンジャー)
の前で無事に奉納芸能が尽くせるようにと祈願する

2. 11月5,6,7日

種子取祭の諸準備。狂言、舞踊の稽古に充てる

3. 11月8日 (つちのえ ね)
神司はそれぞれの御嶽にてタナドゥイのウッカイ(ご案内)
を行ったのち公民館役員と合流して玻座間御嶽、世持御嶽、
清明御嶽、根原家などを廻り種子取祭の願いを行なう。
男生産人(16歳~69歳迄)は、
早朝から幕舎張りなどの奉納芸能の舞台を設営する。
出欠を取り、理由もなく出役しない者には過怠金を科す。
各家では種まき。主婦はイイヤチ(飯初)作り。

4. 11月9日 (つちのと うし)
ンガソージといって、
前日に蒔かれた種子がしっかりと土につくように、
精進を尽くす日とされる。
家主がブママンガン・ブナルンガン(姉や叔母を神とすること)
を招いてイイヤチ戴みの儀式などもある。
また、この日はフクミといい芸能の稽古の総仕上げの日。
夜には公民館役員、石垣・沖縄・東京の各郷友会長などが
ブドゥイドゥン・狂言ドゥンを訪ねて挨拶し激励する。
(午後6時頃、竹富公民館主催の種子取祭に関する講話がまちなみ館で開催)

5. 11月10日 (かのえ とら)
バルヒル願いの日、奉納芸能初日
 ● 早朝
  彌勒奉安殿には公民館役員、有志、三郷友会長などが弥勒興しの祈願
  玻座間御嶽では神司たちの祈願
  その後、両者は世持御嶽で合流し、バルヒルの願い、イバン取りの儀式がある。
  場所を奉納芸能の舞台に移して、乾鯛の儀式が行われる。
 ● 玻座間村西地区の主事宅へ参詣
 ● 世持御嶽へもどる
 ● 庭の芸能を奉納
  棒術、太鼓、マミドー、ジッチュ、マサカイ、
  祝種子取、腕棒、馬乗者の順で行われる。
 ● 玻座間村の舞台の奉納芸能が行われる。
  その順序は、玻座間長者、弥勒、鍛冶工、組頭、世持、世曳狂言など。
  曽我兄弟で初日の芸能は終了
 ● イバン(九年母)戴みの儀式がある
  それから世乞い(ユークイ)が始まる。
  ユークイは、種子取祭を統一した根原金殿をまつる根原屋から始まり、
  その後三集落に別れてユークイが深夜まで行なわれる。
 ・東集落 宇根屋、與那国屋、神司家、顧問家、各家を回り最後は宇根屋。
 ・西集落 神司家、玻座間長者家、公民館長家など各家を回る。
 ・仲筋村 神司家、仲筋長者家、各家を回り最後は顧問家。
 ● 石垣への船の臨時便あり(予定)

6.11月11日 (かのと う)
  早朝、三集落のユークイの一団は、根原家で一つになってユークイ留めを行なう。
 ● 世持御嶽へ。イバン返上を行ないユークイは総て終了。
  二日目のムイムイの願い。幸本フシンガーラの願い日とされ、
  それを祝して仲筋村のシドゥリャニが奉納され、
  前日同様の乾鯛の儀式が行われる。
  その後、玻座間村東地区の主事宅へ参詣の儀式。
  その後世持御嶽へもどる。
 ● 庭の奉納芸能(前日と同じ)がある。
 ● 仲筋村の舞台の奉納芸能が終日行なわれる。
  別途奉納芸能演目がある。
  仲筋村長者、弥勒、御主前狂言、種子蒔狂言、天人狂言
  などがあり、最後は鬼捕りで奉納芸能は終了
 ● 芸能の奉納はすべて終了
 ● 石垣行臨時船便あり(予定)
  種子取祭首尾方の御礼(世持御嶽、彌勒奉安殿)を行う。

7.11月12日 (みずのえ たつ)
  男生産人は、早朝から幕舎片付け、経理係は祭の精算に取り組む。

  朝 竹富公民館で公民館役員・有志と三郷友会幹部との懇談会。
  午後からは支払議会を開催し、種子取祭の日程は総て終了する。
   
8.11月13日 (みずのと み)
  種子取祭物忌(タナドゥイムヌン)。現在は省略している。

台風13号の襲来

7日から8日未明にかけて八重山地方を通過した
大型で強い台風13号は、家屋倒壊やけが人などの甚大な被害はなかったものの、
久しぶりの強い台風襲来とあり、集内に様々な爪あとを残していきました。

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倒された国仲御嶽前のフクギ

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崩れたグック(東集落)

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高潮によりおびただしいほどの海藻が打ち上げられたコンドイ浜

7日から8日の深夜にかけて強い風と降雨に見舞われ、
打ち付ける強い風と家屋の雨漏りでなかなか眠れなかった
島民もおられることでしょう。

本日の定期船は2便(石垣島8時発)から通常に運行しており、
日常生活が戻りつつありますが、
島内の至るところで台風後の片づけを行っています。

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第223回竹富島民具づくり教室

台風9号来襲に伴い、
急遽6日に番外編としてタコノキを収穫した民具づくり教室のメンバー。

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今回の教室では、干したタコノキをサンビキと呼ばれる
道具を使って鞣(なめ)す作業を行いました。

残念ながら今回の参加者は2名。
しかし鞣す作業だけなので、ゆんたく(おしゃべり)に花が咲きます。
講師の松竹昇助さんの、由布島へ通耕していたころの話や、
夕刻のコンドイ浜で泳ぐ楽しさなどなど。
しかし、しっかりと手は動いていました。

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参加できなかったメンバーの分まで仕上げきれなかったので、
これらはお届け。
次回の講座までに鞣す作業を進めてもらい、
ヤミカゴづくりに入ります。

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東京竹富郷友会創立90周年記念公演にあたって

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竹富島では昨晩、
6月7日に開催される東京竹富郷友会創立90周年記念公演に提供する芸能の総稽古が行なわれました。
郷友会(きょうゆうかい)組織とは、故郷を離れた島の出身者が集い、
親睦を図りながら故郷を支えて行こうという趣旨のもとに活動する親睦団体です。
竹富島では、東京・沖縄・石垣の3郷友会が組織されており、
その中でも東京竹富郷友会は最も歴史が古く、大正14年に設立しています。
この3つの郷友会は、様々なところで島をバックアップしてきました。

郷友会の中で長男と位置づけられる
石垣郷友会は、親島から近いがゆえに物資・人的面で島を支え、
特に種子取祭の奉納芸能における貢献は枚挙に暇がありません。
二男にあたる沖縄郷友会は、県庁所在地である那覇市を中心とし、
県内でのPRを欠かしませんでした。
特に山城善三先生に代表される、県行政を通じての竹富島への貢献は計り知れないものがあります。
三男の位置である東京郷友会は、様々な情報の発信地である東京という位置を利用して、
内盛唯夫氏を中心として様々な竹富島のPRを行ってきました。
民俗学者の柳田国男や芸術家の岡本太郎、
そして本田安次や岡部伊都子をはじめとする著述家と繋がることにより、
竹富島の工芸品や伝統文化、ひいては風習・習慣を紹介したのです。
昭和51年の「種子取祭の芸能」として東京国立劇場公演の際は、
竹富から上京した芸能団を手厚く迎え、公演を大成功に導く裏方の役割を果たしています。
また、あまり知られていませんが、
東京郷友会の最大の功績は、本土資本の土地買収が進む昭和50年代に、
郷友会で費用を捻出してその企業の実態を調査し、
島に情報を提供し買収を阻止するよう警告しています。
こうした各郷友会の活動の積み重ねが、現在の竹富島を育んだともいえます。

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東京竹富郷友会60周年記念誌『たけとみ』(昭和60年発行)より

現沖縄国際大学副学長の狩俣恵一氏は、
20年前(平成8年)に発刊した東京郷友会創立70周年記念誌「たけとみ」において、
郷友会活動についてこう記しています。

「私たち郷友会員は、竹富島という島社会の複雑な人間関係、
プライバシーのほとんどない生活、寄付の頻度が多くても文句を言わずに応えようとする自分、
自分の意見がはっきり言えない「横並びのうつぐみ」、過疎化による島の衰退、
高齢化による郷友会の衰退など、竹富島出身者の苦悩をすべて抱えている。
しかも私たちの竹富島での生活は、わずか十数年以内に過ぎない。
それにも拘わらず、私たちは竹富島に拘りすぎている。
私たちが竹富島や郷友会に対し、様々な不満や不安があろうとも、
竹富島には私たちを捕えて離さない魅力がある。
その魅力の源泉は、竹富島の精神世界であり、伝統文化であることをお互いに自覚したい。
≪中略≫
私は思う。
経済中心の近代化政策を進め、すっかり疲れ果てた日本社会は、
いまこそ郷友会を母体にしたような地方社会の文化活動を必要としているのだ、と。
私は郷友会に対し、まだまだ希望がある。夢もたくさんある。
私たちが我が竹富島を中心にして、自分たちの出来る文化活動を展開することは、
日本社会の未来に対しても希望を与えるものである。
私たちは郷友会に対し、これからも希望を抱き続けるとともに、郷友会の活動を文化中心へと転換すべきだと思う。」

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東京郷友会をはじめ、各郷友会の活動メンバーが2世・3世へとシフトしてきましたが、狩俣恵一氏の70周年記念誌における提言は、色あせることなく今も生き続けています。

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