カテゴリー別アーカイブ: 遺産管理部

「坊主墓」が新聞紙上に取り上げられました

10月5日付琉球新報「竹富島の謎 坊主墓」の見出しで、NPOたきどぅんの取り組みが紹介されました。

NPOたきどぅんのミッションうち、竹富島の文化遺産の管理保護がありますが、

この活動の一環として、今年8月に坊主墓の墓石の積み直しを行いました。

積み直し前の坊主墓。宝珠は破損防止のため移動しています。

作業終了後の坊主墓

お墓のなかには、甕の破片や、手榴弾の起爆装置と思われる部品、

不思議なことに、ビーチサンダルも出てきました。

出土品の取り扱いについては、有識者と竹富町教育委員会へ問い合わせたのち、

現在、NPOで管理しています。

今後は、竹富町文化財保護審議委員会からの回答を待って、管理方針が定められていきます。

(ta)

 

 

島の記憶

「八重山ライブラリー」、新たな記録のお知らせです。

てーどぅんむにで唄う童謡「母さんの歌」

映像は言語学者の中川奈津子さんが研究のため撮影録音したものです。
竹富島の子どもたちのテードゥンムニ学習に役立てられたら良いなと思い、中川さんに相談したところ、日本語字幕とテードゥンムニ(竹富島の言葉)の字幕を入れてくださいました。

唄:古堅 節さん(まっちゃんおばあ)竹富島
あんまーや ぶーゆ んみてぃ ぬぬ うり はんた
(母さんは 麻を紡いで 布織りで忙しい)
いーじゃや とーらな あだなし さいてぃ あんこゆ ふくりょーる
(とうさんは 台所で あだんを裂いて 網カゴをつくって いらっしゃる)

竹富島の民具が県立博物館に!


この度、竹富島で制作した民具が、沖縄県立博物館の収蔵品となりました。
収蔵品となった民具は“ニーブ”と呼ばれ、農業作業の脱穀で下に敷いて使います。
日本各地で使われてきた民具ですが、時代と共のその姿を見ることは珍しくなってきており、「昔あったよねー」と懐かしまれるものになってしまいました。
竹富島では、その作り方がわかる松竹さんを先生に、民具づくりに携わるメンバーで、これまで3点を制作しました。
収蔵品になったニーブは2010年に制作したものです。

沖縄県立博物館では、平成30年度の収蔵品資料の「新収蔵品展」が開催されます。
皆さま、足をお運び下さい!

期間 4月30日(月)~6月23日(火)
場所 沖縄県立博物館・美術館 3階 博物館 企画展示室・特別展示室1
時間 9:00~18:00(金・土は20:00まで)

令和元年度竹富公民館祭事行事表

昨晩の集落ごと(あいのた・いんのた・仲筋)の定例会にて、
令和元年度竹富公民館年間祭事行事表が発表されました。

今年度は、種子取祭10日目にあたるムヌン(物忌)が、
祭事行事表に掲載されており、

竹富島における祭祀の継承の取り組みが
ますます深まっていくことを予感させます。

『竹富島誌-民話・民俗編-』によると、
ムヌンとは、
~ 「みずのえ」の日を選んで行われた。二月になると草葉と称して
虫送りの行事をする。その日は、各戸一人づつ出て田畑の作物についている
害虫類をとり、これをこれをクワズイモの葉に包んで海へ持って行く。
そこには神司たちがいて、芭蕉の葉柄でつくった小舟に害虫を積み、
「パイノーラス島、ニーラスクの国に行って虫たちは生活せよ」と
唱えて海に流した。
昔は月毎に行われたが、昭和になってから4回、
四季ごとにとどめられた。
すなわち2月の草葉物忌、4月の穂の物忌、8月の初穂物忌、12月の止め物忌
であり、各戸一人のわりあてで浜へ行き、虫送りの行事をした。 ~

また、シチ願い(節祭)の記述にも、ムヌンについては触れており、
シチ願いの3日間は物忌として畑仕事をせず、大地に感謝を捧げる。
節祭りは村鍛冶屋の「つち」の音をもって終了する。
往古は3日間の入港船を歓迎し、出帆を嫌うため、
浜には監視人をおいて厳重に船の出入港を見守ったと古老は伝えている。

と記述されています。

(ta)

島の記憶

「八重山ライブラリー」新たな記録のお知らせです。

「細原和彦さんの台湾時代の話」
日本が台湾を統治していた時代(1895~1945)には、
竹富島から台湾へ仕事を求め移り住む島人たちは珍しくなかった。
台湾で生まれた細原和彦さんは、ご両親が台湾で出会った頃のことや、
終戦を迎えて帰国する時の様子を当時撮影された写真を交えながら話してくださいました。

皆さま是非ご覧ください!

島の記憶

「八重山ライブラリー」に新たな映像が登場!

2019年2月2日、与那国島で行われた第2回民俗芸能交換会のお疲れ様会にて、
前本隆一さんが披露された理法読言(りっぽうゆんぐとぅ)の映像です。
この映像は、竹富島 西集落出身の上勢頭巧くんが与那国島で撮影した記録です。
私が隆一さんから「理法読言」の歌詞を聞き取りし、言語学者の中川さんに字幕をつけてもらい、紹介文を巧くんに書いてもらいました。水野暁子


島の大先輩が披露する民俗芸能!
貴重な時間だったのではないでしょうか。

民具づくり教室

本日の生徒さんは一人。
ですが、そんな日はとっても贅沢。
マンツーマンでしっかりと確実に手ほどきをうけることができます。
民具を作りながらの話も独り占めです。さてさてどんな話をしているのでしょうか・・・

やみかご最後の仕上げの部分。

種子取祭が始まりました。

10月19日はトゥルッキ。
種子取祭の配役や、役割を決めて
島の神様に報告をする儀式が行われます。
この日から種子取祭は始まっています。

詳しい日程などはこちらから↓
http://www.taketomijima.jp/topics/


今年の奉納芸能は10月25日26日です。
その日の為に毎日練習が行われてきた芸能も
佳境を迎え、練習にもより一層熱がはいります。

かりゆし館では、
館内掲示版でミルクを展示しています。
ゆくい処のおじいちゃんおばあちゃんに協力していただき
ミルクヌファー(ミルクの子供たち)を作ってもらいました。

ニーブを無事に寄贈いたしました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA


平成22年(2010)4月に完成した2作目のニーブは、
9月12日に沖縄県立博物館へ無事に収蔵されました。

【1作目:平成21年11月製作 喜宝院蒐集館に寄贈】
【3作目:平成30年04月製作 ゆがふ館ゆんたくコーナーで利用】

穀物の脱穀に使う敷物として作られてきた、藁のムシロである
ニーブ(地域によってはニクブクという)は、
時代の流れにより製作方法が途絶えかけていましたが、

竹富島民具づくり教室の「手わざの継承」の趣旨に基づき、
時間に余裕にある際には、
松竹昇助さんからの“ニーブを作ろうか”のひとことに皆が奮起し、
都合3枚を製作することができました。

おかげさまで、
2作目は沖縄県立博物館・美術館の収蔵品となりました。

上の画像は、当時(1月27日)の製作風景。
現在から8年前の出来事です。
制作者の若々しさは変わりましたが、
ニーブの製作技術は、今も変わらず残っています。

(ta)