カテゴリー別アーカイブ: 研究部

第1回 「島の記憶」 開催しました。

祭事行事が集中する9月。
慌ただしい日々が続いておりますが、
昨晩、NPOの新しいプログラム「島の記憶」を開催いたしました。
第1回は竹富青年会と共催し、多くの島の若者たちからご協力をいただき、
25名の参加者とともに、
3名の理事の「島の記憶」の語りを聞きました。

今回のプログラムは、
「島の大先輩と若者達の中間層にあたる先輩方の語りを聞きながら、
竹富島の暮らしの連続性に触れる機会を創出する」
といった大仰な趣旨がありますが、
実際のところ、個人個人が持つ楽しかった思い出をざっくばらんに聞きながら、
当時の暮らしに触れて欲しいと思い企画しました。

トップバッターを務めたのが、
老舗旅館「髙那旅館」の女将を務める髙那弘子理事。
1950年頃の髙那旅館の写真を通じて、
一時期、黒島の学校に通っていたことや髙那旅館に精米小屋があったこと。
当時の意外な竹富島の暮らしを語っていただきました。

二番手は「有限会社竹富島交通」常務取締役の野原 健 理事。
仲筋村狂言部の重鎮のひとりである、
御祖父にあたる仲里長正氏の思い出を通じて、
御祖父から引き継いだ島に対する思いや姿勢、
芸能へのこだわりについて語っていただきました。

第1回のラストを務めるのが、
竹富島のムードメーカーで色々なところで頼りがいのある内盛正聖理事。
御祖父にあたる内盛加那氏の面白い思い出話で場内は爆笑の渦。
こうした会話のなかにも、当時の暮らしが垣間見えます。

翌日には世迎いが執り行われるため、
やむなく閉会しましたが、
語りは延々と続き、大変楽しい会となりました。

次回はタナドゥイを終えた11月頃の開催を目指します。

今回ご協力をいただきました、
髙那弘子理事、野原健理事、内盛正聖理事、
竹富青年会の皆さま、
竹富島未来づくり実行委員会ヘリテージマネージャー若手メンバーの方々、
細田亜津子主任研究員

シカイト ミーハイユー
次回もよろしくお願いします。

(ta)

琉球弧アダンサミット in 池間島 2日目 第2部

第2部 アダン手業ワークショップ

講師 前泊勤さん(池間島)・与那覇有羽さん(与那国島)・松竹昇助(竹富島)

こちらは、池間島の「アンディ」。アダナス(アダンの気根)を裂いて作る、海で獲った獲物の貝や海などを入れたり、畑で収穫した芋を入れて海で洗う時に使います。

現在、アダナスのアンディを作れるのは、前泊勤さんだけだそうです。

準備時間なのに、皆さん興味津々でスタートが待ちきれません。理事長の前泊さんからは、「まだ始まってないので皆さん手を止めてくださーい」と待ったの合図が入るほど盛り上がってしまいました。

ワークショップに参加するといつもわかるのは、手業に興味をもっている方々がたくさんいることです。今回も、ワークショップの講師は大忙しでした。普段、自分でアダンなどを使って物づくりをされている方も多く、お互いにコツなど情報交換し合っているのが印象的でした。

 

NPOいけまの理事長も竹富島のウマ作りに挑戦。

 

与那国島の與那覇さんは、小さいゴザ編みを教えてくれました。

 

飛び入り参加で、読谷村の(私設)沖縄草玩具館をされている新崎さんは、池間島の元気なお母さんたちに囲まれて草玩具作りで盛り上がっていました。

 

池間島の前泊勤さんによる、アダナスのフダミ(草鞋)作り。サンゴ礁の海を歩くための草鞋なので丈夫であることが重要。なので材料は、アダン葉ではなくアダナスだそうです。使用目的によって、工夫していることがよくわかります。

アダンサミット終了後のお疲れ様会では、尽きることなくアダンや地域でのお話が繰り広げられました。竹富島からのメンバーは口を揃えて楽しかった―と言っていました。
アダンサミットを機会に出会えた方々と今後も交流を続けていきたいと強く思いました。

池間島のみなさんありがとうございました!

琉球弧アダンサミット in 池間島 2日目 第1部

8月6日 晴れ

朝食後、民泊の宿ではアダンサミットを待たずにワークショップが始まります。参加者が集まると必ずアダン話で盛り上がります、さすがアダンサミットです。何処からともなくアダンの葉が現れました。

第1部 アダンを語ろう
「アダンが好きな人々」盛口満さん(沖縄大学・博物学)
「歴史に刻まれるアダン」三輪大介さん(NPOいけま・経済学)
「南太平洋のパンダナス文化」竹川大介さん(北九州大学・人類学)木下靖子さん(NPOいけま・人類学)
「絵画と文学にみるタコノキ科」渡久地健さん(琉球大学・地理学)
「オカヤドカリからアダンへ」当山昌直さん(生物文化研究)

生物学、経済学、人類学、海洋民俗学・・・等の専門分野を切り口にアダンのお話を聞くことが出来ました。しかし、皆さんその専門の枠を超え、沖縄の各地で聞き取り調査研究をされていて、島々ではアダンを暮らしの中で活用していたことがよく分かりました。
アダンと暮らし、そして暮らしで利用する資源の自然環境を荒らすことなく、永続的に活用するための知恵を、島の先輩方が持っているのはどの地域も同じです。島の祖先が行ってきた暮らしの知恵を聞きだし残していく動きは特に大切な活動なのはどの研究分野でも一緒でした。

同じアダンでも種類はいくつかあるようで、地域ごとに材料の柔らかさなどが違うのがわかりました。バヌアツの小さな島フツナ島のアダンのかごは、とても柔らかい感じで細かい細工です。縁の部分の細かい編み目を見れば誰が編んだか分かるそうで、編み手が自分のオリジナルの細工を持っており、著作権があるそうです。

第一部終了後、竹富島のメンバーは恩納村の仲西さんに聞きたいことが沢山。
竹富島のヤドカリやヤシガニの話から沿岸部分のアダンの様子。日頃疑問に思っていることを質問していました。

(2日目 第2部へ続く)

琉球弧アダンサミット in 池間島 1日目 第2部

琉球弧アダンサミット 1日目(8/5)
第2部は、アダン料理ワークショップ

池間島のオカアター(お母さんたち)がアダン料理を教えてくれます。

  

まずはじめにびっくりしたのが、アダンの実を食べるということ。
竹富島では、今のところアダンの実を食べるという話は聞いたことがなかったからです。
アダンの実はヤシガニが食べる話しか知りませんでした。

実の一つひとつ外れる部分「分果」の部分を池間島では「ツガキ」と呼んでいて、子どもたちはこれをしゃぶって甘みを楽しみおやつとしていたそうです。外した後の芯の部分は「バス」といって、この部分をスライスしてなまり節と一緒に炒め煮にしたものを教えていただきました。
竹の子のような食感で、目から鱗でした。

 

食べ物はやはり盛り上がります。
参加者はオカアターへたくさん質問していました。

こちらは、アダン葉の根元部分。この白い部分あたりからおなじみのアダンの新芽を採ります。

 

アダンの新芽では、煮物と天ぷらのワークショップ。

 

屋外では、ツガキを燃料にしカツオのカマとタコの燻製焼きのワークショップ。乾燥させたツガキを燃料にして焼きます。
ワークショップに引き続いて、交流会へ突入。

池間島のお料理を用意してくれました。シャコガイに盛り付けられたカツオの刺身、黒大豆の赤飯、池間島の名物料理「ンスゥニーワー」(大きく切った豚肉に味付けは味噌、豚の水分と油だけで煮込む、お祝いには欠かせない料理)・・・本当においしいお料理を用意していただきました。写真を撮り忘れたことを後悔しています。

最後に、宮古のクイチャーを教えていただきました。

一日目終了。
竹富島と与那国島のメンバーで宿へ向いました。

琉球弧アダンサミット in 池間島 1日目 第1部

8/5・6の二日間で開催された「琉球弧アダンサミットin池間島」へ参加してきました。
小規模多機能型施設の研修視察で、竹富島 命果報ぬ会が2016年3月池間島の介護施設「きゅ~ぬふから舎」を訪れた時からのつながりで声をかけていただきました。

民具づくりを行う「竹富島 クージの会」の3名と一緒に宮古島へ降り立ちました。
空港には、NPO法人いけま福祉支援センターの理事長 前泊博美さんがお迎えに来てくれていました。
池間島へ到着するまで、再会の喜びで話が尽きることなく元気いっぱいの車中。

宮古島から、世渡橋とそれに続く池間大橋を渡って池間島へ行きます。
遠くに見えるのは、西平安名岬の風力発電です。

アダンサミットの会場「池間島離島振興総合センター」へ到着。
用意されている池間島のアダンを囲んで、アダンサミットはまだ始まってませんがアダン談義で盛りあがり、またまた話が尽きません。

 

竹富島から持ってきた、ワークショップの材料を前に、アダンを採ってからどのように材料を準備するのかなどなど質問が飛び交います。
池間島の背丈より長い立派なアダン葉に、竹富島のメンバーは目をキラキラさせていました。

民具の作りの名人 松竹昇助さんは池間島でも有名人。色々な方が話しかけてきます。
手前の民具は、与那国島の與那覇有羽さんが作ったもので、素材はクバ。

 

14:00よりアダンサミットがスタート。
第1部は、島々からの報告として、
仲西美佐子さん(恩納村)、山里節子さん(石垣島)、儀間律子さんとオカアター(池間島)、池間小中学生から発表がありました。
島の暮らしにはいつもあった「アダン」をテーマそれぞれの活動現場からの発表です。

海のサンゴが島を守っています。
島の沿岸部分ではアダンが守っています。
護岸工事で高い壁を作っても、護岸にうち当った塩水が、護岸の壁にうち当たり垂直に吹き上がる風と壁の上の吹き抜ける風に乗り陸の畑へ降り注ぎ、畑は塩水で焼けてしまうそうです。
沿岸のアダンは、塩水を受け止め優しくそれを海に帰してくれており、畑を守ってくれるそうです。
沿岸をアダンが優しく守っているから、ヤドカリやヤシガニなどが生きていくことが出きます。
幼生を産みに海へ行くヤドカリは、陸に戻ってくるときコンクリートの壁を登れません。砂浜からてくてく歩いて陸に戻って来るのです。
潮風が当たり栄養分が少ない島の周囲の砂地にアダンは茂ります。
このアダンがあるから、その背後にヤラボやユウナなどが育つことが出来きることがわかりました。
池間島では枯れたアダンの葉を燃料として活用していたそうです。池間島おばあちゃんたちは、若いころアダンがたくさん生えているアダンニーという場所へ行き大きな束を頭にのせて運んだ経験を教えてくれました。
(第2部へ続く)

平成29年度「竹富公民館祭事・行事表」

昨晩の集落ごとの月例会にて発表された、
今年度の竹富公民館年間祭事・行事表を
ブログをご覧のみなさまへお知らせいたします。

今年は旧暦に閏月があるため、
新暦9月には祭事行事が集中する大変忙しい月となります。

旧暦7月13~15日の集落ごとで挙行するお盆行事は9月3~5日
大地を清め井戸に感謝するシチマツリは、9月9日
数え年70歳以上の高齢者を祝す94回目を数える敬老会は、9月17日
一年間の願いを解き、奉納芸能を執り行う結願は、9月23・24日
ニーラスク・カネーラスクから神々をお招きするユーンカイは、9月27日
となっております。

クリックすると、行事表が表示されます。
       ⇓
平成29年度竹富公民館祭事・行事表

喜宝院蒐集館のリニューアル

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収集物約4,000点のうち、
842点が国登録有形民俗文化財に指定されている喜宝院蒐集館。
改修工事のため2月7日から休館していましたが、
リニューアルして本日開館いたしました。
事情により外装は4月中旬までずれ込むそうですが、
館内は展示棚や館内の清掃も行き届き、
じっくりと展示物を見学することができます。

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『竹富町史第10巻資料編近代Ⅰ』-喜宝院蒐集館文書-の前書きには、
喜宝院蒐集館について、
「物だけではない、伝統文化の継承者として上勢頭亨翁の大きな心が詰まった、
竹富島の一大文化センターなのである」
と評されている通り、文化遺産の島である竹富島の歴史・伝統・文化・民俗・風習、
いわゆる「島の暮らし」が集積している施設といえるでしょう。

竹富島を訪れる際は、是非とも足をお運びいただき、
テーマパークではない、
「竹富島の暮らしの息吹き」を感じていただきたいと思います。

(ta)

東京竹富郷友会創立90周年記念公演にあたって

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竹富島では昨晩、
6月7日に開催される東京竹富郷友会創立90周年記念公演に提供する芸能の総稽古が行なわれました。
郷友会(きょうゆうかい)組織とは、故郷を離れた島の出身者が集い、
親睦を図りながら故郷を支えて行こうという趣旨のもとに活動する親睦団体です。
竹富島では、東京・沖縄・石垣の3郷友会が組織されており、
その中でも東京竹富郷友会は最も歴史が古く、大正14年に設立しています。
この3つの郷友会は、様々なところで島をバックアップしてきました。

郷友会の中で長男と位置づけられる
石垣郷友会は、親島から近いがゆえに物資・人的面で島を支え、
特に種子取祭の奉納芸能における貢献は枚挙に暇がありません。
二男にあたる沖縄郷友会は、県庁所在地である那覇市を中心とし、
県内でのPRを欠かしませんでした。
特に山城善三先生に代表される、県行政を通じての竹富島への貢献は計り知れないものがあります。
三男の位置である東京郷友会は、様々な情報の発信地である東京という位置を利用して、
内盛唯夫氏を中心として様々な竹富島のPRを行ってきました。
民俗学者の柳田国男や芸術家の岡本太郎、
そして本田安次や岡部伊都子をはじめとする著述家と繋がることにより、
竹富島の工芸品や伝統文化、ひいては風習・習慣を紹介したのです。
昭和51年の「種子取祭の芸能」として東京国立劇場公演の際は、
竹富から上京した芸能団を手厚く迎え、公演を大成功に導く裏方の役割を果たしています。
また、あまり知られていませんが、
東京郷友会の最大の功績は、本土資本の土地買収が進む昭和50年代に、
郷友会で費用を捻出してその企業の実態を調査し、
島に情報を提供し買収を阻止するよう警告しています。
こうした各郷友会の活動の積み重ねが、現在の竹富島を育んだともいえます。

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東京竹富郷友会60周年記念誌『たけとみ』(昭和60年発行)より

現沖縄国際大学副学長の狩俣恵一氏は、
20年前(平成8年)に発刊した東京郷友会創立70周年記念誌「たけとみ」において、
郷友会活動についてこう記しています。

「私たち郷友会員は、竹富島という島社会の複雑な人間関係、
プライバシーのほとんどない生活、寄付の頻度が多くても文句を言わずに応えようとする自分、
自分の意見がはっきり言えない「横並びのうつぐみ」、過疎化による島の衰退、
高齢化による郷友会の衰退など、竹富島出身者の苦悩をすべて抱えている。
しかも私たちの竹富島での生活は、わずか十数年以内に過ぎない。
それにも拘わらず、私たちは竹富島に拘りすぎている。
私たちが竹富島や郷友会に対し、様々な不満や不安があろうとも、
竹富島には私たちを捕えて離さない魅力がある。
その魅力の源泉は、竹富島の精神世界であり、伝統文化であることをお互いに自覚したい。
≪中略≫
私は思う。
経済中心の近代化政策を進め、すっかり疲れ果てた日本社会は、
いまこそ郷友会を母体にしたような地方社会の文化活動を必要としているのだ、と。
私は郷友会に対し、まだまだ希望がある。夢もたくさんある。
私たちが我が竹富島を中心にして、自分たちの出来る文化活動を展開することは、
日本社会の未来に対しても希望を与えるものである。
私たちは郷友会に対し、これからも希望を抱き続けるとともに、郷友会の活動を文化中心へと転換すべきだと思う。」

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東京郷友会をはじめ、各郷友会の活動メンバーが2世・3世へとシフトしてきましたが、狩俣恵一氏の70周年記念誌における提言は、色あせることなく今も生き続けています。

(ta)

『竹富島・小浜島の昔話』のこと。

第12回星砂の島文化講演会の講師・福田晃氏は1975年・1976年に、立命館大学・大谷女子大学・沖縄国際大学の学生を募り、八重山の島々に伝承されてきたムニンガタイ(民話)の聴き取りを行いました。
その成果が『竹富島・小浜島の昔話』(1984年・同朋舎出版)に結実されています。本書は「南島昔話叢書」第9巻として刊行され、竹富島の昔話46話、小浜島の昔話62話が収録されています。
ここでいう昔話とは、神話・伝説、本格昔話、世間話、笑話、動物昔話などを総括したものを指します。
福田氏は編者代表として「あとがき」に「本書は、立命館大学・大谷女子大学・沖縄国際大学の若い学生たちのエネルギーと、竹富町教育委員会・八重山文化研究会・竹富島小浜島の公民館・老人会など地元の皆さんの協力と、竹富島・小浜島出身の若き学究者の情熱との三つが統合して成ったものである」と述べています。
ちなみに、この竹富島出身の「若き学究者」は、仲筋出身の狩俣恵一氏のことです。
本書最大の特色は、本を開いたとき、上段には語り手が方言で語ったものを忠実に翻字したもの、下段には編者らが共通語訳したものを配して構成したところにあります。テードゥンムニの味わい深さを活かした編集になっています。
一話ごとに、語り手の名前も記録されていますが、残念ながらこれらの先輩方はすでに故人となられています。本書はそれだけに貴重な記録だともいえます。
本書に収録された竹富島の昔話の題名と語り手を、ここに記しておきます。
01 竹富島の島建(上勢頭亨)
02 仲嵩の由来(大山功)
03 御願崎の石上げ(与那国清介)
04 ニーウスビの神(大山功)
05 種子取祭と六人の神(大山功)
06 石垣・幸本御嶽の香炉(東盛弘介)
07 犬の井戸(前野長用)
08 アーパー石(東盛弘介)
09 世果報の神とサン(前野長用)
10 ムカデ旗の由来(大山功)
11 鉄人の根原神殿と与那国島(大山功)
12 花城の神と川平カニーブの船漕ぎ競争(大山功)
13 多良間モーシ(大山貞雄)
14 ハブ聟入(生盛康安)
15 子育て幽霊(与那国清介)
16 継子の井戸掘り(加治工政治)
17 按司の身代わり花嫁(大山功)
18 藁しべ長者(前野長用)
19 産神問答(前野長用)
20 大歳の客(1)(狩俣カマド)
21 大歳の客(2)(与那国清介)
22 ユヒトゥンガナシの恵み(大山功)
23 ある男の仇討ち(加治工政治)
24 首のない影(前野長用)
25 働かずには食えない(大山貞雄)
26 真栄里ギシャーの大力(東盛弘介)
27 竹富武士と屋良部武士の力くらべ(前野長用)
28 人間の腰(大山功)
29 烏に仕返し(東盛弘介)
30 唐の不思議(与那国清介)
31 小さい時計は時間が早い(大山功)
32 玻座間蛙と仲筋蛙(大山功)
33 シジランと南京虫と蚤(与那国清介)
34 白鷺とヨーラとクビラと鳩(東盛弘介)
35 老烏の知恵(生盛康安)
36 十二支の由来(石川明)
37 鷲と海老(大山貞雄)
38 蝙蝠の二心(根原ハツ)
39 猿の生肝(前野長用)
40 竜宮の祝い(1)(与那国清介)
41 竜宮の祝い(2)(石川亀美屋)
42 雀孝行(大山功)
43 雨蛙不孝(前野長用)
44 雲雀と若水(上勢頭亨)
45 犬の脚(石川明)
46 鶏が鳴きだすわけ(大山功)
「解説」によると、竹富島における昔話の伝承の系譜は、家系に沿うところが大きいといいます。
しかし、本書にもっとも多く収録されている、大山功の伝承の系譜は、「血縁関係よりも地縁的結合によるものが、その中心となっている」そうです。
大山功氏は、昔話を祖母や父母から聞くことよりも、「村の古老・先輩・友人から聞き取ったものであり、特に近くの東金城加那や勢頭真牛からのものが多く、夕食後、その家を訪ねては話を聞かせてもらった。あるいは、西表島へ出作りに赴く舟の中で、あるいは、稲作・畑作の仕事のなかで、また山の木伐りの作業の折に、話を聞くこともあったという。しかも、それらの伝承話を自分の自分の子や孫に語ることはなかったが、村の祭りや畑仕事の折、あるいは出作りの赴く舟の中で、村の人々に、これを語っているのであった」とユニークな伝承のあり方です。
この『竹富島・小浜島の昔話』のほか、竹富島の昔話を記録した、『竹富島誌 民話・民俗篇』『蟷螂の斧』、またNPOたきどぅん発行の『テードゥン昔ムヌンガタイ』などを大いに活用し、生き生きとした昔話の継承につとめていきたいものです。                  (YI)