カテゴリー別アーカイブ: 研究部

民具づくり教室

7月から、クージ籠作りがスタートしました。
今回のクージ籠はみんな大きいものに挑戦です。
まずは、恒例の材料取り。鎌を片手に出かけます。

藪の中へも慣れてきました。

途中で見つけたリュウゼツランを材料に、昔話へと・・・
この葉っぱに、悪口や相合傘を落書きして遊んだそうです。

マイユヌンヤーのガヤ

国の重要文化財に指定されている、
「旧与那国家住宅」(2007年12月4日指定)は、
昨年3月の竹富町議会にて
「重要文化財旧与那国家住宅の設置及び管理に関する条例」が制定され、
指定管理に向けての手続きを進めています。

その旧与那国家住宅の敷地には、小ぢんまりとした茅場があります。
島の大先輩曰く、「このガヤは竹富島の在来種だよ」と。
“ガヤ”とは、チガヤのこと。
世界の侵略的外来種ワースト100 選定種の一つであるチガヤですが、
竹富島では、薬草として活用するほか、
萱葺き屋根や民具づくりの素材として親しまれてきましたが、
牧場造成などで茅場がほとんど失われています。

茅場をしっかりと残し、
次に継ぐことも忘れないようにしたいと思います。

(ta)

民具の大物「ニーブ」その1

竹富島の民具「ニーブ」作りが本日始まりました。
実は、前回制作したのは丁度8年前の3月。
松竹昇助さんを先生に、当時のメモを確認しながら、
ニーブを編む道具の大きな「ヤマ」に縄をかけていきます。

ニーブの材料は、バラッタ(藁)を使います。
いろんな方に協力していただき、藁を分けてもらいました。
この藁はうるち米の藁ですが、本来はもち米や赤米の藁が柔らかくて一番丈夫なので、
民具の材料として好んで使用されていたそうです。

民具の名手の松竹さん指導の下、縄の準備をしていきます。

※ニーブ:穀物を脱穀する際に使用する農具の一つ。ニーブの上に収穫物をのせ叩いて脱穀します。

第1回 「島の記憶」 開催しました。

祭事行事が集中する9月。
慌ただしい日々が続いておりますが、
昨晩、NPOの新しいプログラム「島の記憶」を開催いたしました。
第1回は竹富青年会と共催し、多くの島の若者たちからご協力をいただき、
25名の参加者とともに、
3名の理事の「島の記憶」の語りを聞きました。

今回のプログラムは、
「島の大先輩と若者達の中間層にあたる先輩方の語りを聞きながら、
竹富島の暮らしの連続性に触れる機会を創出する」
といった大仰な趣旨がありますが、
実際のところ、個人個人が持つ楽しかった思い出をざっくばらんに聞きながら、
当時の暮らしに触れて欲しいと思い企画しました。

トップバッターを務めたのが、
老舗旅館「髙那旅館」の女将を務める髙那弘子理事。
1950年頃の髙那旅館の写真を通じて、
一時期、黒島の学校に通っていたことや髙那旅館に精米小屋があったこと。
当時の意外な竹富島の暮らしを語っていただきました。

二番手は「有限会社竹富島交通」常務取締役の野原 健 理事。
仲筋村狂言部の重鎮のひとりである、
御祖父にあたる仲里長正氏の思い出を通じて、
御祖父から引き継いだ島に対する思いや姿勢、
芸能へのこだわりについて語っていただきました。

第1回のラストを務めるのが、
竹富島のムードメーカーで色々なところで頼りがいのある内盛正聖理事。
御祖父にあたる内盛加那氏の面白い思い出話で場内は爆笑の渦。
こうした会話のなかにも、当時の暮らしが垣間見えます。

翌日には世迎いが執り行われるため、
やむなく閉会しましたが、
語りは延々と続き、大変楽しい会となりました。

次回はタナドゥイを終えた11月頃の開催を目指します。

今回ご協力をいただきました、
髙那弘子理事、野原健理事、内盛正聖理事、
竹富青年会の皆さま、
竹富島未来づくり実行委員会ヘリテージマネージャー若手メンバーの方々、
細田亜津子主任研究員

シカイト ミーハイユー
次回もよろしくお願いします。

(ta)

琉球弧アダンサミット in 池間島 2日目 第2部

第2部 アダン手業ワークショップ

講師 前泊勤さん(池間島)・与那覇有羽さん(与那国島)・松竹昇助(竹富島)

こちらは、池間島の「アンディ」。アダナス(アダンの気根)を裂いて作る、海で獲った獲物の貝や海などを入れたり、畑で収穫した芋を入れて海で洗う時に使います。

現在、アダナスのアンディを作れるのは、前泊勤さんだけだそうです。

準備時間なのに、皆さん興味津々でスタートが待ちきれません。理事長の前泊さんからは、「まだ始まってないので皆さん手を止めてくださーい」と待ったの合図が入るほど盛り上がってしまいました。

ワークショップに参加するといつもわかるのは、手業に興味をもっている方々がたくさんいることです。今回も、ワークショップの講師は大忙しでした。普段、自分でアダンなどを使って物づくりをされている方も多く、お互いにコツなど情報交換し合っているのが印象的でした。

 

NPOいけまの理事長も竹富島のウマ作りに挑戦。

 

与那国島の與那覇さんは、小さいゴザ編みを教えてくれました。

 

飛び入り参加で、読谷村の(私設)沖縄草玩具館をされている新崎さんは、池間島の元気なお母さんたちに囲まれて草玩具作りで盛り上がっていました。

 

池間島の前泊勤さんによる、アダナスのフダミ(草鞋)作り。サンゴ礁の海を歩くための草鞋なので丈夫であることが重要。なので材料は、アダン葉ではなくアダナスだそうです。使用目的によって、工夫していることがよくわかります。

アダンサミット終了後のお疲れ様会では、尽きることなくアダンや地域でのお話が繰り広げられました。竹富島からのメンバーは口を揃えて楽しかった―と言っていました。
アダンサミットを機会に出会えた方々と今後も交流を続けていきたいと強く思いました。

池間島のみなさんありがとうございました!

琉球弧アダンサミット in 池間島 2日目 第1部

8月6日 晴れ

朝食後、民泊の宿ではアダンサミットを待たずにワークショップが始まります。参加者が集まると必ずアダン話で盛り上がります、さすがアダンサミットです。何処からともなくアダンの葉が現れました。

第1部 アダンを語ろう
「アダンが好きな人々」盛口満さん(沖縄大学・博物学)
「歴史に刻まれるアダン」三輪大介さん(NPOいけま・経済学)
「南太平洋のパンダナス文化」竹川大介さん(北九州大学・人類学)木下靖子さん(NPOいけま・人類学)
「絵画と文学にみるタコノキ科」渡久地健さん(琉球大学・地理学)
「オカヤドカリからアダンへ」当山昌直さん(生物文化研究)

生物学、経済学、人類学、海洋民俗学・・・等の専門分野を切り口にアダンのお話を聞くことが出来ました。しかし、皆さんその専門の枠を超え、沖縄の各地で聞き取り調査研究をされていて、島々ではアダンを暮らしの中で活用していたことがよく分かりました。
アダンと暮らし、そして暮らしで利用する資源の自然環境を荒らすことなく、永続的に活用するための知恵を、島の先輩方が持っているのはどの地域も同じです。島の祖先が行ってきた暮らしの知恵を聞きだし残していく動きは特に大切な活動なのはどの研究分野でも一緒でした。

同じアダンでも種類はいくつかあるようで、地域ごとに材料の柔らかさなどが違うのがわかりました。バヌアツの小さな島フツナ島のアダンのかごは、とても柔らかい感じで細かい細工です。縁の部分の細かい編み目を見れば誰が編んだか分かるそうで、編み手が自分のオリジナルの細工を持っており、著作権があるそうです。

第一部終了後、竹富島のメンバーは恩納村の仲西さんに聞きたいことが沢山。
竹富島のヤドカリやヤシガニの話から沿岸部分のアダンの様子。日頃疑問に思っていることを質問していました。

(2日目 第2部へ続く)

琉球弧アダンサミット in 池間島 1日目 第2部

琉球弧アダンサミット 1日目(8/5)
第2部は、アダン料理ワークショップ

池間島のオカアター(お母さんたち)がアダン料理を教えてくれます。

  

まずはじめにびっくりしたのが、アダンの実を食べるということ。
竹富島では、今のところアダンの実を食べるという話は聞いたことがなかったからです。
アダンの実はヤシガニが食べる話しか知りませんでした。

実の一つひとつ外れる部分「分果」の部分を池間島では「ツガキ」と呼んでいて、子どもたちはこれをしゃぶって甘みを楽しみおやつとしていたそうです。外した後の芯の部分は「バス」といって、この部分をスライスしてなまり節と一緒に炒め煮にしたものを教えていただきました。
竹の子のような食感で、目から鱗でした。

 

食べ物はやはり盛り上がります。
参加者はオカアターへたくさん質問していました。

こちらは、アダン葉の根元部分。この白い部分あたりからおなじみのアダンの新芽を採ります。

 

アダンの新芽では、煮物と天ぷらのワークショップ。

 

屋外では、ツガキを燃料にしカツオのカマとタコの燻製焼きのワークショップ。乾燥させたツガキを燃料にして焼きます。
ワークショップに引き続いて、交流会へ突入。

池間島のお料理を用意してくれました。シャコガイに盛り付けられたカツオの刺身、黒大豆の赤飯、池間島の名物料理「ンスゥニーワー」(大きく切った豚肉に味付けは味噌、豚の水分と油だけで煮込む、お祝いには欠かせない料理)・・・本当においしいお料理を用意していただきました。写真を撮り忘れたことを後悔しています。

最後に、宮古のクイチャーを教えていただきました。

一日目終了。
竹富島と与那国島のメンバーで宿へ向いました。

琉球弧アダンサミット in 池間島 1日目 第1部

8/5・6の二日間で開催された「琉球弧アダンサミットin池間島」へ参加してきました。
小規模多機能型施設の研修視察で、竹富島 命果報ぬ会が2016年3月池間島の介護施設「きゅ~ぬふから舎」を訪れた時からのつながりで声をかけていただきました。

民具づくりを行う「竹富島 クージの会」の3名と一緒に宮古島へ降り立ちました。
空港には、NPO法人いけま福祉支援センターの理事長 前泊博美さんがお迎えに来てくれていました。
池間島へ到着するまで、再会の喜びで話が尽きることなく元気いっぱいの車中。

宮古島から、世渡橋とそれに続く池間大橋を渡って池間島へ行きます。
遠くに見えるのは、西平安名岬の風力発電です。

アダンサミットの会場「池間島離島振興総合センター」へ到着。
用意されている池間島のアダンを囲んで、アダンサミットはまだ始まってませんがアダン談義で盛りあがり、またまた話が尽きません。

 

竹富島から持ってきた、ワークショップの材料を前に、アダンを採ってからどのように材料を準備するのかなどなど質問が飛び交います。
池間島の背丈より長い立派なアダン葉に、竹富島のメンバーは目をキラキラさせていました。

民具の作りの名人 松竹昇助さんは池間島でも有名人。色々な方が話しかけてきます。
手前の民具は、与那国島の與那覇有羽さんが作ったもので、素材はクバ。

 

14:00よりアダンサミットがスタート。
第1部は、島々からの報告として、
仲西美佐子さん(恩納村)、山里節子さん(石垣島)、儀間律子さんとオカアター(池間島)、池間小中学生から発表がありました。
島の暮らしにはいつもあった「アダン」をテーマそれぞれの活動現場からの発表です。

海のサンゴが島を守っています。
島の沿岸部分ではアダンが守っています。
護岸工事で高い壁を作っても、護岸にうち当った塩水が、護岸の壁にうち当たり垂直に吹き上がる風と壁の上の吹き抜ける風に乗り陸の畑へ降り注ぎ、畑は塩水で焼けてしまうそうです。
沿岸のアダンは、塩水を受け止め優しくそれを海に帰してくれており、畑を守ってくれるそうです。
沿岸をアダンが優しく守っているから、ヤドカリやヤシガニなどが生きていくことが出きます。
幼生を産みに海へ行くヤドカリは、陸に戻ってくるときコンクリートの壁を登れません。砂浜からてくてく歩いて陸に戻って来るのです。
潮風が当たり栄養分が少ない島の周囲の砂地にアダンは茂ります。
このアダンがあるから、その背後にヤラボやユウナなどが育つことが出来きることがわかりました。
池間島では枯れたアダンの葉を燃料として活用していたそうです。池間島おばあちゃんたちは、若いころアダンがたくさん生えているアダンニーという場所へ行き大きな束を頭にのせて運んだ経験を教えてくれました。
(第2部へ続く)